私の経験
鶏の嘴による眼外傷—証人として裁判所へ出頭した経験
南 熊太
1
1久留米大学医学部眼科学教室
pp.106-109
発行日 1958年1月15日
Published Date 1958/1/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1410206243
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鶏による眼外傷に関連して,昭和24年7月11日,証人として,某裁判所に出頭した時の経験を次の如く記載しおかんとするものである。
女幼児が,近所の他家の鶏に追いかけられて来て,左眼に,鶏の嘴にて外傷を受けたのであるが暫く近所の医師の治療を受けていて,昭和23年5月18日に,当時の久留米医科大学眼科に受診したものであるが,その当日の所見として,右上眼瞼にて中央より,稍々鼻側寄りにて,瞼縁と眉弓との略々中央部に皮膚に瘢痕を認めたが,右眼球そのものには,特に異常は認めなかつた。左上限瞼にても,眼瞼の略々中央,瞼縁と眉弓との略々中央部に横に約5mm長さの皮膚瘢痕を認めた。前房浅く,対光反応(直接)認めず。3,4,5時の部分,及び7,8,9時の部分に虹彩離断を認めた。外上方,角膜縁より約5mm離れて,長さ約7mmの鞏膜膨隆部を認む。鞏膜穿孔創後の瘢痕組織による膨隆と思われる。硝子体中には濃厚なる血塊充満しおり,斜照法によつても,水晶体の直後に認められる位であつて,従つて,眼底の状況の詳細等は,勿論認められない。其後は,治療しながら経過を観察したのであるが眼圧は,次第に低下し来り,硝子体内には結締織増殖し来り,水晶体溷濁を表し来たり,漸次,眼球は萎縮し角膜に白斑を生じ,眼球癆に陥り,次第に眼球癆は其の度を増して来たのであつた。
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