印象記
第70回日本眼科学会総会(1)オリンピックムードの日眼総会
桐沢 長徳
1
,
大山 信郎
2
,
坂上 英
3
,
高久 功
1
,
浦山 晃
1
1東北大学
2日本大学
3京都大学
pp.1043-1052
発行日 1966年7月15日
Published Date 1966/7/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1410203485
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山陰で学会をするということが決つた時,会員のうちで,その運営を危ぶんだ人も二,三あつたようであるが,この5月10,11,12の3目間の学会を通じて神鳥会長の涙ぐましいほどのご奪闘ぶりに接し,また声涙共に下る閉会の辞を拝聴すると,すべてのことは「よくやられた」との一語につきるのである。従来の型式と大分異つた総会のやり方も,会長のお人柄とローカルカラーに溢れた「米子方式」として,多くの人の記憶に残る学会となることであろう。
開会の前日,日本眼科学会の理事会が米子郊外の皆生温泉,東光園のスカイルームで,また引続き評議員会がホテル玉泉で行われた。決定されたことは会規により,70歳になられた宇山,田村,筒井,馬詰の四評議員が名誉会員に推薦され,その補充として古味,鈴村,川畑,佐々木(統)の四氏が新たに評議員になられ,又,宇山監事,馬詰理事(東京地方)の代りにそれぞれ牧内氏,中島氏が,それに,逝去された瀬戸(文)評議員の代りに筒井(純)氏がその後を充たされた。続いて明後年の総会開催地その他の選定に関する議事が行われ,開催地は東京,会長は桑原教授(慶大)に決し,特別講演者は青木教授(群大)と筆者,宿題報告は「近視に関する諸問題」のシンポジウムとし,担当者は大塚教授(医歯大),佐藤博士(横浜),山地助教授(大阪医大),中島教授(順大)の4氏に決定した。
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