臨床實驗
トラコーマ疑似症の研究(1)—結膜の肉眼的所見
大山 秀
1
1日大眼科
pp.372-373
発行日 1951年6月15日
Published Date 1951/6/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1410200869
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私に都下2幼稚園兒童と横濱市内中學校生徒の結膜の所見を丁寧に診て其中,臨床的に明かにトラコーマと診斷すべき者と,全く乳嘴,顆粒及濾胞等の病的變化を有しない文字通りの健康結膜なる者とを除き,殘餘の者を假にトラコーマ疑似症として研究の對象に選んだ。トラコーマ疑似症に關しでは澤山の文獻があるが,所謂疑似症と私が上述の定義で對象とした疑似症とは多少内容に於て異なつている事を豫め諒承して置いて頂き度いのである。昭和9年茂木氏が極く初期に於けるトラコーマの觀察と題して輕微なる結膜及角膜の變化に留意すべき事を述べたのと,岡村,三井兩氏がプ小材を證明出來ないがトラコーマに似た所見を示す1群を疑似トラコーマとし且,之等は治癒に近いトラコーマであると云つた事及宮下氏のトラコーマ疑似症に就てと云う論文は特に私の興味を惹いた。
學校の身體検査で我々が屡々經驗する事は校醫が變る毎にその學校のトラコーマの數が變ると云う事である。此の樣な集團檢診の際には誰が診てもトラコーマだと診斷する結膜と如何樣に捜しても乳嘴1つない濾胞1つない全く健康な結膜とがあり他の全ては之等兩者の間に介在していて,しかも極く僅かの差で變つて行く一連した連續的な病變を示している筈である。從つて何處からをトラコーマとし何處からを疑似症なり正常とす可きかは難い所であつて校醫によりトラコーマ患者數の決定の差は當然有り得可き結果である。
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