- 有料閲覧
- 文献概要
私は大学講師を拝命して数年,教育の難しさと楽しさを知るとともに,今までご指導賜った恩師のご苦労とご恩を感じながら,日々の診療にあたっている。そんな私の研修医時代に,先輩から「判断に困ったときは,その患者が自分の家族だったらどうするか考えなさい」という教えがあった。しかし当時の患者は「先生のおっしゃる通りで」,医師も「任せてください」というような時代で,21世紀になってからの詳細なインフォームド・コンセントや患者権利の充実と比べれば雲泥の差の簡素な承諾書だけだった。インターネットで調べてくるのは当たり前で,何か小さな合併症が起こっただけで医療ミス騒ぎをする患者や家族がいる現状でこそ,この言葉の意味に大きな価値があるのではないだろうか。
私事であるが,実母の白内障手術を自ら執刀する機会があった。医師,職場同僚,政治家など,病院ではVIP扱い患者の執刀経験はあったものの,母の手術を誰にお願いしようかと秘かに考えていたところ,「史子がしてくれるんでしょ」と母の一言ですべてが決まってしまった。実は散瞳不良で核硬化強く,後囊下白内障もべったり,遠視眼のため浅前房とやりづらい条件が揃っていた。普段は躊躇なくできる患者への声かけも,最初はぎこちなかったものの,手術が始まってしまえばいつも通りていねいに執刀するだけの気持ちと何ら変わりがなかったし,私を支えてくれている眼科スタッフの優秀さにも感激した。そして翌朝,よく見えると涙を流しながら父に電話をかける母の姿をみて,「眼科医になってよかった」と心底思った。母娘で乗り越えるべきイベントは次週で無事終了したが,母曰く,患者というのは弱い立場(えぇ~主治医と思わず自分の娘としか思っていない素振りだったのに)だから,一緒に頑張りましょうという一言がとても嬉しかったし,精一杯やりますという一言もことさら力強く感じたとのこと。「目薬の容器が固くてさしにくい。時々しょぼつく。1.0で満足しているけど……若いときと同じっていうわけにはいかないわね」とお小言も飛んでくる。
Copyright © 2009, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.