やさしい目で きびしい目で 47
達人への道―第3回 達人になった人
亀井 裕子
1
1東京女子医科大学附属第二病院眼科
pp.1677
発行日 2003年11月15日
Published Date 2003/11/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1410101491
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晩秋のある日,いつものように彼は診察室にいた。彼の中心視野はすでに,わずか5度の離れ小島となっている。こんなにさびしげな視野の年余にわたる記録があるのは,決して彼のカルテだけではないが……。
いつものように彼は,私の前に座るが早いか,「変わりありません」とまずひとこと言う。そして,可動型のスリット台が目の前に現れると,私が振り返ったときはすでに,あご台にあごがのっている。最初は正面を見ている。私が上眼瞼に指をかけると,なにも言わなくても右下を見る。そう,彼は,両眼にトラベクレクトミーを受けており,どこに濾過胞があるのかを知っているのだ。さあ,次は眼圧を測ろうと私が一度視線をそらし,点眼麻酔を手にして再度彼を見ると,麻酔はまだか,と言わんばかりに上を見て待っている。点眼されると閉瞼して,涙囊部を圧迫しやすいよう準備している。そしていよいよブルーライトが彼を照らすと,今まで以上にしっかと目を見開くのである。スリット台が収められると,彼は私のほうを見ながら,視線をやや左に反らしている。視神経乳頭を観察しやすい位置を彼は知っているのだ。そして右へと視線は動く……。ひと通り所見を取り終わった私が,「22と18ですね……」とため息混じりに眼圧を告げると,「オペですね」と間髪入れずに答えが返ってきた。たとえようのないさびしさが漂う診察室。
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