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はじめに
網膜下電極デバイスは,通常受光素子と刺激電極を一体化した構造を有しており,網膜下に埋植することで視細胞の代替として機能させ視覚機能の再生を目ざすものである。網膜上電極デバイスに比べて,眼の光学系機能を有効に活用できることや高密度刺激の可能性などが利点として挙げられる。課題は受光素子と刺激電極の集積化や埋植方法などである。
これまで受光素子としてケイ素(Si)基板内に形成したpn接合による微小フォトダイオード(photodiode:以下,PD)を多数2次元状に配置したMPDA(micro-PD array)が報告されている1,2)。光照射により発生する電流(光電流)により直接網膜細胞を刺激するとしている。PDをいわゆる太陽電池として動作させる(太陽電池モード)ことで,外部からの電力供給は不要となり,MPDAに光が当たるだけで刺激電流が出力される。このようにMPDAは電力不要であるためケーブルなどもなくディスク上のシリコン基板単体を網膜下に埋植するだけでよい。
しかしながら,この方式では十分な網膜細胞刺激電流値が確保できない課題がある。例えば室内光下で,PDからどれくらいの刺激電流が得られるのかを見積ってみる。Si-PDの感度(単位入力光パワーに対する出力光電流値)は,可視光域では0.6A/W程度である。室内光を500ルクスとするとこれは波長555nm付近でのパワー密度換算で約8×10-8W/cm2となり,直径200μm(≒3×10-4cm2)サイズのPDから出力される光電流は,(0.6A/W)×(7×10-5W/cm2)×(3×10-4cm2)≒13 nAとなる。結像光学系である水晶体を通すと,網膜面での照度は約1/(4F2)に低下する(Fは水晶体のFナンバー)ため,実際の網膜面での照度はさらに1桁程度減少し,光電流値は数nAとなる。
一方,これまで同様のサイズの網膜上刺激電極で報告されている刺激電流値は数十μA以上であることから,通常環境下において太陽電池モードMPDAでこのような刺激電流を得ることは困難といえる。また効率的な細胞刺激にはパルス刺激が望ましく,また電荷バランスのためには二相性パルスを用いる必要があるが,このような単純なMPDA構造では二相性パルス出力を得ることは困難である。
したがって十分な刺激電流をしかも二相性パルス形状で得るためには,太陽電池モードのような受動動作ではなく,能動動作をさせる,すなわち電源を供給したパルス出力回路が必要である。筆者らは,網膜細胞刺激に必要な電流量(注入電荷量)を確保でき,かつパルス出力が可能な方式であるパルス周波数変調(PFM:pulse frequency modulation)方式フォトセンサーを人工視覚に適用することを提案している3)。
以下では人工視覚用に開発したPFMフォトセンサーを用いて試作した網膜下刺激チップについて述べる。次にこのPFMフォトセンサーを網膜下刺激電極に適用するための実装技術について述べる。またこの実装技術を用いてカエル遊離網膜を用いたin vitro刺激実験について述べる。最後にPFMフォトセンサーに画像処理機能を内蔵したチップについて述べる。
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