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はじめに
最近,胎児治療や出生前診断の話題が,テレビや新聞などのマスコミで頻繁に取り上げられる.それらが社会において認識されるようになったことは,一方で喜ばしいことではあるが,倫理や法的な問題の絡んだ複雑で理解しがたい点のある領域だけに誤解されることを恐れる気持ちもまた少なくない.胎児治療については,胎児に生存権が存在するとみて,生存が危ぶまれると判断されるときに,その生存権を本人(胎児)に代わって両親や医療者が行使するものと考えれば,比較的理解しやすい概念である.一方,出生前診断については,胎児治療の前提として,その生存を脅かす事態が存在するか否かを評価する場合もあれば,出生後には生存不可能な胎児が見つかった際は人工妊娠中絶に誘導されることもありうる.さらに,単に胎児の性別を判定することも,出生前診断に含まれる場合が現実には存在する.このように出生前診断は胎児治療に比べて幅広い倫理問題を抱えている.
出生前診断が内包する問題は,大きく医療側の問題と患者側の問題,さらに社会的問題に分類することができる(表1)1).出生前診断の歴史はいまだ浅く,ここに列挙した問題のひとつとして完全に解決されたものはない.それぞれの問題について,国ごとに異なった対応がなされているが,本来正しい解答が存在するという性質の問題でもない.法的問題ひとつにしても,英仏のように胎児条項を有する国もあれば,日本やドイツのように有さない国もある.わが国は母体保護法と堕胎罪が,出生前診断に連なる医療行為を事実上規制している.しかしながら,法律による規制とは別に,医療者や国民から一定のコンセンサスを得ることはより重要であろうと考えられる.出生前診断の有する問題を理解するためには,歴史的概観から説き起こし,まずはわが国の出生前診断の起源と問題発生の所以を明らかにする必要がある.
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