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はじめに
ヒト生殖補助医療(ART)において,余剰胚の凍結保存は重要な治療技術の1つであり,現在ではさまざまな凍結法が臨床的に用いられている.その理由としては体外受精で得られた胚のうち,新鮮な胚を移植した後の余剰胚を凍結保存しておくことで,採卵周期に妊娠が成立しなかった場合でも,その後の周期で融解後の生存胚を移植することにより妊娠が可能となるためである.凍結胚の利用により,採卵を毎回行う必要がないことから,患者の負担が軽減され,採卵周期当たりの妊娠率を向上させることができる.そのうえ1回の移植胚数を減らすことで多胎の防止にも役立ち,子宮内環境不良やOHSSの発症・増悪が考慮される場合など新鮮胚を移植することが不適当な場合ではすべての胚を凍結保存し,その後の自然周期または子宮内膜作成周期で移植することもできる.
凍結する際の方法の基本は,どのように細胞内氷晶形成を防ぐかと,いかに凍結保護液による毒性を少なくするかである1).そのため凍結保護液を加えることで脱水を促し,徐々に温度を低下させる緩慢凍結法と,劇的な温度低下により氷晶形成がまったくなく固化した状態にするガラス化法がある(表1).
現在臨床的に多く用いられている緩慢凍結法は1972年にWhittinghamら2)によって提唱され,比較的低濃度の凍結保護液に細胞を浸し,徐々に温度を低下させるために精密な温度低下管理をする機器が必要であり,植氷により細胞外には氷晶形成が起こる.ヒト胚においてはTrounson3)が1985年に出産例を報告して以来,方法の改善がなされ現在広く用いられている.一方1985年にRallとFahy4)によって提唱されたガラス化法(Vitrification)は,高濃度の凍結保護液に細胞を浸し,直接液体窒素に入れることで,常温からマイナス195度へ急激に冷却し,細胞内外ともガラス化するため氷晶形成がまったく起こらないという画期的な方法である.しかしながら,高濃度の凍結保護液による細胞毒性が問題になり得るため,体外受精におけるヒト受精卵は緩慢凍結法で保存されているのが現在でも主流であるが,1998年に筆者らがヒト初期胚(2~8分割期)のガラス化法による世界最初の妊娠出産を報告して以来,ガラス化法の有効性が認められ臨床的に多く用いられるようになっている5).
近年,ヒト生殖補助医療(ART)の分野では,培養技術の改善に伴い,多胎の防止,着床率の改善と診断的意義から胚盤胞まで培養し移植する胚盤胞移植(Blastocyst―Transfer : BT)法6)が普及してきた.それにつれ余剰胚盤胞の有効保存法が臨床的に重要になってきた.このためわれわれも従来のグリセロールを凍結保護液とした緩慢凍結法による胚盤胞の凍結保存法7)を試みたが,他の多くの施設8)と同様に臨床的に満足できる成績を得られなかった.そのためHARTクリニックでは従来のストローを使用したガラス化法をクライオループというtoolを用いることで改良し,ガラス化液の量を極度に少なくし凍結保護剤の濃度を低下させることで冷却速度を急激に高め,毒性の少ない超急速ガラス化法を確立し,この方法による世界ではじめての妊娠出産の報告9)を2001年に行った.
以上のような経緯より現在,ヒト余剰胚の凍結保存は受精直後の接合子(zygoteまたは2PN期)から8分割胚では緩慢凍結法が一般的に使用されているが,ストローを用いたガラス化法(conventional vitrification)も用いられている4).両方法間に成績の差は認められていない.胚盤胞においては,グリセロールを凍結保護液とした従来の緩慢凍結法と,胚の構造の特殊性から従来のガラス化法を改良した超急速ガラス化法が使用されているが10, 11),近年後者において高い妊娠率が報告されている12).
本稿では,それぞれの凍結法について述べる.
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