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はじめに
深部静脈血栓症(DVT)や肺血栓塞栓症(PE)は外科手術における最も重篤な合併症の1つであり,PEは発症すれば死亡の危険があり,DVTもその後の患者のQOLを著しく損なう疾患である.その頻度は,米国では年間25万人がPEを発症し,うち5万人が死亡していると報告され,無症候例を含むとその発症数は年間65万人にものぼるとされている1, 2).剖検より確認された死亡例は10万人に50人といわれる3).
本邦での発症頻度は,米国との比較において1960年代には,DVTが米国の3割,PEにおいては3%程度ときわめて低いと報告されていた4).しかしながら生活習慣の欧米化に伴い,その頻度は確実に増えている.人口動態統計からの解析により,人口10万人あたりのPEの死亡は1958年には0.08人であったものが,1996年には0.77人と10倍近く増加している5).
臨床の現場でも整形外科領域の人工股関節,膝関節置換術後の検討において,無症状のものまで含めた静脈造影によるDVTの発生頻度が欧米と変わらなかったとする報告6)や,産婦人科領域でも妊産婦死亡の主要因の検討から,直接産科死亡の主要因が従来の失血による死亡が減少しているのに比し,産科的肺塞栓は増加している7)などの報告がみられる.ここ10年の間に日常の臨床で遭遇する機会が増えており,現在では,本邦においても決して稀でない疾患であると認識されている2).
本疾患は手術後,特に骨盤内手術や整形外科領域の術後に発症頻度の高いことが知られているが,さらに発症のリスク因子として挙げられるものには,年齢,肥満,悪性疾患,静脈血栓,静脈瘤,血栓性要因,骨盤内腫瘤,高脂血症,糖尿病,経口避妊薬の内服などがある.古くはVirchowの3徴(血管壁の損傷,血液凝固能の亢進,静脈血流の停滞)が有名であるが,まさに外科手術では,操作による血管の損傷,組織のダメージが凝固能を賦活化する.また,循環する血小板もその凝集能を増して,血管内血栓が形成される.手術時の麻酔による筋弛緩,長時間の臥床,また腸管などの圧迫により血流は停滞する.これらのリスクは,手術時間や麻酔法,術前・術後の臥床の期間(離床の状況),脱水の程度,敗血症の有無などに影響される8).
表1に種々のリスク因子を危険度からhigh risk,moderate risk,low riskに分類し,該当する項目を示した.High riskであった場合は40から80%にDVTが発症し,致死的なPEの発生頻度も1%を超えるとされる8).これがmoderate riskだとDVTにおいて10から40%,PEが0.1から1%に減少する(表2).以後,周術期のDVT,PE発症のリスクファクターを挙げ,それぞれにつき説明する.
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