ついである記・2
Uruguay
山室 隆夫
1,2
1京都大学
2国際整形災害外科学会
pp.726-727
発行日 1996年6月25日
Published Date 1996/6/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1408901927
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その日,New YorkのJohn F. Kennedy空港を発った時はかなりの吹雪であったが,予定通りに出発できた.1983年12月3日,私と家内は丁度盛夏であると思われるUruguayのMontevideoに向けて,こともあろうに分厚い冬服と重い冬オーバーを着込んで出発しなければならなかった.日本からNew Yorkへ飛ぶ時間よりも,New YorkからMontevideoへ飛ぶ時間の方がずっと長くかかるのは,南米行きの飛行機はほとんどがMexico Cityを皮切りに中南米の多くの大都市に停っていくからだ.南へ飛ぶにつれて,途中で乗ってくる乗客の衣服が冬から春へ,そして夏へと変っていく.それにつれて,われわれも衣服を脱いで行くことになり,23時間というなが旅の後にMontevideoに着いた時には半袖姿になって,手荷物ばかりがやたらと多くなっていた.吹雪のNew Yorkから半袖のMontevideoへと一昼夜にして変ってしまったが,時差はほとんどないので睡眠はとり易い.
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