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2003年の11月8日から12日まで,ルイジアナ州ニューオリンズで開催された第33回「The Society for Neuroscience」(アメリカ神経科学会)に参加しました.本学会は中枢および末梢神経系の基礎および臨床的研究をカバーした世界最大規模の学会です.世界各国から演題が寄せられ,今回も15,000を越す演題が5日間にわたって発表されました.口演は演題の約1割で他は全てポスター発表でした.演題はテーマ別に発生,シナプス伝達,運動神経系,感覚神経系,自律神経系・神経内分泌系,認知と行動,神経および精神医学の7つに分類されており,神経系についてのほとんどすべての領域が網羅されています.これだけの規模なので,興味のある演題をすべて見ることは不可能です.私は,われわれの研究チームの研究課題である「脊髄損傷に対する新規治療法の開発」に関連する脊髄損傷と神経幹細胞の2つのサブテーマに絞り,ポスター発表および口演に参加しました.それでも神経幹細胞のセッションが5つ,脊髄損傷のセッションが9つあり,150を越える演題数がありました.
ここ数年で脊髄損傷の治療に関する研究は大きく進歩しました.その研究の多くはマウスやラットなどの齧歯類を用いたものでした.しかし,齧歯類の脊髄はヒトのそれとは伝導路の配置が異なっており,さらに齧歯類では脊髄にも運動中枢が存在しているため,中枢からの刺激がなくとも末梢からの刺激のみで後肢を動かすことが齧歯類においてはある程度可能です.このようにヒトと齧歯類では脊髄の構造も機能も異なっているため,齧歯類における研究成果のみでは研究成果を実際の臨床へ応用することは難しいと考えられます.今回の学会で目を引いたのは,このことを考慮し,ヒトと同じ霊長類であるサルを用いた動物実験の発表が数題あったことです.具体的には,脊髄損傷後の損傷軸索の再伸長を妨げる因子として知られているNogoの作用を抑制する抗体を,頚髄を半切(右または左1/2を)したmacaque monkeyの脊髄損傷部に損傷後1カ月間持続投与する実験が発表されていました.同様な実験は以前にラットを用いて報告されています.今回の発表では抗体を投与したサルでは投与していないサルに比べ前肢の巧緻運動に改善がみられたとの報告がなされていました.しかし,この発表で使用したサルは合計2匹で,内容的にはこれからというものでした.また,macaque monkeyの胸髄完全切断モデルを作成し,このサルを生存させ,さらに後肢の運動機能をサイベックスを用いて測定することに成功したとの発表がありました.他にも2題サルを実験動物として用いた演題がありましたが,これら4題とも実験に用いたサルの匹数は2~3匹で,機能評価以外には病理解析などの詳細な評価はなされていませんでした.サルは齧歯類と異なり,1匹あたり使用コストが高く,脊髄損傷作成時および作成後の管理が煩雑であることから,なかなか大規模な実験を行うことは難しいと思われます.しかし今後の臨床応用を考えた場合,齧歯類とその構造および機能が大きく異なるヒトの脊髄では,他の臓器と異なりサルを用いた実験が臨床応用の前段階として重要と思われます.今後サルを用いた発表が増えてくると思われました.
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