連載 整形外科と蘭學・12
華岡青洲の麻沸湯について
川嶌 眞人
1
Mahito Kawashima
1
1川嶌整形外科病院
pp.278-280
発行日 2005年3月1日
Published Date 2005/3/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1408100064
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先に整骨医奥田万里がマンダラゲ(図1)の実を活用して整骨の際に麻酔剤として用いていたと述べたが(小誌39巻10号),麻酔の歴史を調べてみると,華岡青洲以前に既に整骨医が古くから利用していたことは明らかである.
華岡青洲(1760~1835)は宝暦10年(1760),大坂で南蛮流外科を学んだ華岡髄賢の長男として和歌山県那賀町西野山字平山に出生,通称は雲平と呼ばれていた(図2).天明2年(1782),古医方を吉益南涯(1750~1813)に学び,蘭方外科を大和見立(1750~1827)に学んだ.大坂の医師,永富独嘯庵(1732~1766)の「漫遊雑記」(1764)に「乳癌は直らぬとされているが,オランダの書によれば,その初期であれば切除が可能だとある.」と記載されているところを読んだことから,いつの日か乳癌手術を行いたいと思うようになった.
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