臨床外科交見室
在原業平のこころ—外科医バージョン
石田 孝雄
1
1中野総合病院外科
pp.222
発行日 1996年2月20日
Published Date 1996/2/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1407902217
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外科学と周辺領域の科学の進歩により,術後合併症は少なくなってきてはいるが,そのなかにあっても縫合不全は,依然として外科医の恐れる合併症の最たるものであることに疑いの余地はない.いくら注意して手術に臨んでも,ある一定の確率でリークが起こることは,現実の医療のなかでは紛れもない事実である.術者として全身全霊で手術し,祈るような気持ちで患者の回復を待つわが身に容赦なく襲いかかるリーク,あの曰く言い難い落胆と焦燥の気持ちは,外科医にしかわからない悲しくてつらい経験である.しかし,たとえリークがあっても,ドレナージが十分に効いていれば恐るるに足りないことも周知の事実である.
今は昔,研修病院で外科訓練を受け始めた頃の話である.早期胃癌でB—Ⅰ法を行った患者が,術後11日目にリークを起こしたことがあった.ドレナージがうまくいっていて,おおごとにならずに済んだのであるが,これはチームを組んでいた2年先輩と責任者の医長が学会でたまたま不在で,病棟の居残り組だった私が,ドレーンを敢えて抜去しなかったことが幸いしたようだ.まさか,11日目にリークが起こるなど予想していなかったので,ドレナージが十分に効いていることがわかると,「よくぞ抜かずにいてくれた」と先輩からさんざん褒められた.しかし,よくよく考えれば皮肉にも聞こえて,複雑な心境だった.
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