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はじめに
手術は組織損傷であるがゆえ生体に侵襲反応を引き起こす(図1).損傷に起因する刺激は,視床下部へ伝達され,ホメオスタシスを目的として神経・内分泌系が様々な生体反応を引き起こす.すなわち,視床下部から交感神経-副腎髄質系の自律神経系反応が伝わると同時に,下垂体-副腎皮質系の内分泌反応が生じる.その結果,カテコラミン,成長ホルモン,グルココルチコイド,グルカゴン分泌が促され,代謝亢進・糖新生の亢進・脂肪分解亢進・異化亢進(筋蛋白崩壊)・インスリン抵抗性が生じ,生体を守ろうとする.さらに,損傷局所の反応として一次止血から血小板,好中球,マクロファージの集族が生じ,各種サイトカインが分泌され,それが溢れると全身の高サイトカイン血症の状態〔全身性炎症反応症候群(systemic inflammatory response syndrome:SIRS)〕となる.また高サイトカイン血症は制御性T細胞の増加や免疫寛容反応を引き起こす.これらの反応は生体防御のための必要な反応であり,多くの症例でリカバリーするが,高齢者や臓器予備能が不十分な症例ではその変化に耐えきれず合併症を併発し,ときに呼吸不全・心不全・腎不全・肝不全などの臓器不全の状態に陥る.
一部の症例では損傷部位から細菌が生体内に侵入し,second attackを引き起こす.これも通常は自然免疫・細胞性免疫が機能するため,感染局所に封鎖・排除されるが,免疫能が低下している症例では排除できずに全身にスピルオーバーし菌血症の状態となる.病原体から放出される分子構造はpathogen-associated molecular pattern molecules(PAMPs)と呼ばれ,損傷と同様の経路(血小板,好中球,マクロファージ)を通って一連の免疫・炎症反応を引き起こす1).一部の症例では過剰なdamage-associated molecular pattern molecules(DAMPs)が損傷細胞あるいは免疫担当細胞から放出される.これは本来的には生体防御を目的としているが,過剰に分泌されると臓器不全を惹起する.さらに最近では,dysbiosisの患者では高サイトカイン血症によって腸管上皮細胞のtight junctionが弛緩し,腸内細菌由来のoccult-BTが上乗せされることがわかってきた2).これがあたかも第三の侵襲として重畳される.
このような一連の反応は特異的な指標がないため,突然循環障害・臓器不全として発覚することが多く,医療者側は『急変した』と捉えがちである.しかし,上記のメカニズムを考えれば,循環障害・臓器不全に至る24〜48時間前には生体内でよからぬことが進行中であったはずである.それを医療者側が気付けなかったことが『急変』である.そのような事象を回避する方策としていくつかのポイントを考えるべきである.
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