histoire de la chirurgie 外科史外伝—ルネッサンスから"外科の夜明け"まで・6
ナポレオン時代の外科
大村 敏郎
1
1川崎市立井田病院手術室
pp.1095-1098
発行日 1982年7月20日
Published Date 1982/7/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1407208080
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□ドゥソー追記
1795年ドゥソー(Desault)がこの世を去つた.「オテル・ディユ病院の主」のような外科医であつたが,死んだ時は革命の影響で病院名がグラン・オスピス・ドュマニテ(Grand Hospice d’Humanité)と変つていたので,厳密にいえばオテル・ディユで死んだことにならないのである.
この同じ年の秋,ナポレオン・ボナパルト(Napoléon Bonaparte,1769〜1821)の抬頭が歴史に刻まれている.そのナポレオンが病院の制度や医学教育を改革して再出発させるのは1802年頃である.医学部という名が復活するのはやや遅れて1808年であつたが,病院の名前などが革命前の名にもどるのはほとんど1802年のことである.この年ナポレオンは内務省に命じてオテル・ディユ病院に「フランス外科の再建者を記念して」というドゥソーを称える碑板をつけさせた.
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