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はじめに
医学の歴史はそのまま疼痛との戦いであり,副作用のない鎮痛剤の開発は人類が如何にしても克服せねばならない宿命的課題であるといえる.とくに手術を治療手段とする外科の歴史は麻酔を含め,疼痛対策の歴史であり重要な問題でもある.麻酔学の進歩により外科学が急速に進歩した事実は明白である.すなわち手術中の患者の苦痛と危険はとり除かれ,現今のごとく胃癌に対する拡大根治手術など手術侵襲の大きい手術が増加しているが,手術後の苦痛の除去に関してはいまだ一定した方法は確立されていないのが現状である.痛みとはどのような現象であろうか,古くから解剖,生理,心理の面からの研究があるが,いまだ未解決の問題が多い.痛みは不愉快な感覚で生体に異常が起これば警告反応として生体に有利なものともなるし,また痛みによつて肺拡張不全,血圧上昇,頻脈,発汗ひいてはショックなどの有害な面も持ち合せている.疼痛の発生に関しては古くから唱えられている特殊伝導説(specificity theory)つまり神経自山終末で感じられたインパルスが脊髄後根から視床に至り,シナップスをつくり脳皮質の感覚域にいき,痛みを感じるという説で,AδおよびC線維が痛みに関与した神経線維で前者は初痛,刺痛として表現され,皮膚に多く分布し局在性が明確であり消失も早い.後者は無髄神経で遅く始まり長く持続し,内臓血管に多く分布し,灼熱痛や内臓痛などを伝えるという.またパターン説(pattern theory)は痛みを伝える特定な神経線維はなく種々の刺激が集まり,脳である強さの刺激パターンをつくると,はじめて痛みとして感じるという説や,1962年にMelzackらの提唱したgate control theory,つまり太い神経線維Aδの刺激はインパルスが脊髄に入るのに抑制的に働き,細いC線維の刺激は促進的に働くという説などがある.何れの説でもすべてを説明出来ない.痛みを感じる神経は温覚をも司るのでその解釈はさらに面倒となるわけである.痛みの原因も圧迫,切断,熱,電気などの物理的刺激のほかに,最近組織に内因する特定の化学物質Hist-amine, Acetylcholine, Serotonin, BradykininおよびSubstance Pその他が条件因子であるとの研究が盛んとなり,疼痛のしくみの本態はもつと明らかになるであろう.このように痛みの仕組みも複雑であるが,部位,環境,精神状態によつても痛みの感じ方は違うであろうし,女性は男性より痛みに対して強いなど,痛みのとらえ方も容易でないわけで,解決すべき多くの問題を含んでいる.外科領域における疼痛対策は手術に関係する疼痛(人工的疼痛)と手術に関係のない疼痛に分けられる.前者のうち手術中の疼痛は麻酔により解決できるので手術後疼痛が主であり,これに骨膜,腱,筋,筋膜,四肢痛,神経痛など手術に関係のない疼痛が問題となる.そこで日常使つている鎮痛・鎮痙・鎮静剤について述べ,さらに手術後疼痛対策の特殊な方法について記述することにする.
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