- 有料閲覧
- 文献概要
胃癌,ことに早期癌と良性潰瘍との関連は臨床上きわめて重要で,この両者のかかわり合いについて,内視鏡,ことに鮮明な胃カメラ写真による経過観察と,瘢痕癌に対する組織学的検討により明らかにされた概念が悪性サイクル(Malignant Cycle)である.良性潰瘍が瘢痕化し,また潰瘍の再燃を起こす過程は良性サイクルてあつて,癌を伴つた良性潰瘍が瘢痕化し,ついで潰瘍化を起こす過程が悪性サイクルである.良性・悪性サイクルの過程を示したものが図①で,悪性サイクルに入るには,良性サイクルからと,原発癌の潰瘍化がある.即ち,良性潰瘍の癌化と原発癌の二次的潰瘍化であつて,現在では良性サイクルから入る潰瘍先行型の厳密な意味の潰瘍癌は稀であつて,原発癌から悪性サイクルに入るものが高いといわれている.現今では良性潰瘍を伴う陥凹性早期癌では全例が悪性サイクルをたどつている.胃カメラで悪性サイクルを完全にたどつたIIc型早期癌を呈示する.
1968-11-19(術前5年3ヵ月前)の胃カメラでは(図②),角上部小彎に粘膜ひだの集中を示す瘢痕と発赤を示すが,1971-12-13(術前3年1ヵ月前)には(図③),同部に白苔を示す潰瘍と辺縁に発赤を示す.次いで1972-10-19(術前1年4ヵ月前)には(図④),潰瘍は線状瘢痕化して1973-10-18(術前3ヵ月前)には(図5),同部に瘢痕を伴うIIcが認められ,切除胃所見で(図6)3.0×3.0cmのIIcで,中央に瘢痕性再生非癌粘膜(聖域)を示す粘膜内の印環細胞癌であつた(図⑦).本例は5年にわたる悪性サイクルをたどつたもので,初回のカメラ所見では良性様であるが,潰瘍の時期には周辺に発赤を認め,悪性を示唆する.この悪性サイクルの途中で,胃生検が行なわれれば,癌として切除されて悪性サイクルは中絶する.胃潰瘍を伴うIIc型早期癌の発見には,一見良性所見を呈しているものに胃生検によつて良・悪性を確定する必要がある.潰瘍を伴うIIc型早期癌では,上述の症例で数年間の経過を示したが,このような症例は稀で,多くはIIc内の潰瘍が短期間で瘢痕化するものが多い.図⑧は術前1ヵ月前に大きい潰瘍があつて,生検により癌と診断L,手術直前には(図⑨)瘢痕化し,周辺のIIcが明らかになつた症例である.胃潰瘍をとりまくIICは時に炎症性変化や浮腫で不鮮明になり,瘢痕化の時期にIIcが鮮明になることを示している.即ち,内視鏡所見で良性潰瘍と思われたものの中には癌を伴つたものがある点は注意を要す,私共の所で,1年間に内視鏡で良性潰瘍とした600例の胃生検で,癌が見出されるものが7〜8例(1%)であつた.図⑩は胃角小彎の瘢痕があつて,1年4ヵ月後には潰瘍の再燃を来たし(図⑪),生検で癌と診断されたIIc+III型早期癌である.潰瘍病変を伴う陥凹性早期癌について,胃カメラにより6ヵ月以上にわたるretrospectiveな検討を行ないえた症例をみると図⑫の如くIIcに伴う潰瘍の縮小,瘢痕化が多く,悪性サイクルを一周したものはわずか3例であつた.図⑧,⑨の症例の如く,短期間にIIc内の潰瘍が瘢痕化するものが多い.胃潰瘍病変を伴う早期胃癌には悪性サイクルがあつて,胃潰瘍の縮小,瘢痕化は良性の変化であるが,その中には癌を伴つたものがあつて,一見良性所見を呈する胃潰瘍に対しては必ず胃生検によつて,良・悪性を確定しておく必要を示している.
Copyright © 1976, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.