雑感
"ある内科医と縫合糸"のおはなし
春日 豊和
pp.644
発行日 1965年5月20日
Published Date 1965/5/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1407203616
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わたくしの家の一軒おいて隣りに印刷の町工場がある.24歳の若い主婦が夜半に腹痛で転げ込んで来た。熱発は37.6℃,右下腹部に圧痛があり,デフアンスも著明,急性虫垂炎の諸症はまことに具備している.ヤンヌルカナ,小生,白血球も算定せず,腟診も行なわずに,すぐ患家が,そこの婦長を知つているというので,その某大学病院へ送つた.もちろん,こちとら町医は大学へ送れば片道切符と心得て一向に返事のないのも気にしなかつたが,もちうん「あの患者の手術はうまくいつたろう」くらいには考えていた.ところが一ヵ月程して,その若い主婦が現われた.熱が高く,ゾクゾクし,ノドが痛むというのである,おきまりの「カゼ症候群」であるが,手術はどうしましたと尋ねたところ,「先生が盲腸とおつしやいましたが,向うで手術したところ,盲腸は何でもなくて,右の卵巣出血だったのですよ」とのこと,そしてなおまだ外来に通つているのです.とのことなのでさらに「手術の結果でも悪かつたの?」と尋ねたところ「手術は順調でしたが,傷がふさがらないのです」とて,おもむろに腹帯を解きはじめた.そして術創を見るとパラレクに瘢痕があり,術創の一番下のところに赤い肉芽が覗いている.
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