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胃十二指腸潰瘍に關しては昔から問題が多く,その成因についても幾多の考へ方が繰返し唱へられたが,今日尚一致した見解に達していない。從つて治療目標にも疑問が多く,特にその外科的療法については古くからあれやこれやと試みられた手術方式には變遷が多い。それらの手術成績とにらみ合して遂に胃の廣範圍切除にまで及んで,その目的を果したかに見えたが,それでもかかる例のいくつかは不滿足の結果を示しているものがあつた。最近米國の一部には胃十二指腸潰瘍の新手術式として迷走神經切除術が登場し,反響を呼ぶようになつたが,かかる新方式を加へても尚胃十二指腸潰瘍の療法が理想の域に達するものとは考へられない。「臨牀外科」から胃十二指腸潰瘍について何か記載するやうにとの注文ではあるが,これらの問題には最近いくつかの記事論文が掲げられていて,私自身新手術の經驗もないので,少しも新味のある批判出來ないし,つきなみのことを記録したのでは徒らに重複するばかりで意味がないと思ふ。只日頃から胃十二指腸潰瘍について多少關心も持ち疑問もあるので,思ひつきのまま順序もなく述べつらねて注文に答へたいと思ふ。
胃,十二指腸潰瘍は如何にして發生するか,またこれが如何にしで慢性化するかに關しては種々の考へかたがあつた。一般の外表面に見る潰瘍の發生についても(1)炎症性組織壞死による潰瘍,(2)血行障害より來る潰瘍,(3)腐蝕或は(4)機械的損傷などから來る潰瘍などであつて,胃十二指腸潰瘍でもこれ等のいづれかが或はいくつかが集つて原因となるものと考へられる。最も古いCru-veilhierの胃炎説は想像の域に止つたが,胃切除が流行するようになり,新しい切除標本について檢討されるに至り,從來潰瘍に合併する胃炎が二次的のものとされていたのに對し,Koujetzny一派や友田教授等が胃炎こそ潰瘍發生の原因であると主張した。血行障害に關しては1853年既にVirchowは血管説をたて,潰瘍の前提として血管に變のあることを認めた。目で1883年Hauserは粘膜の出血性梗塞や栓塞,内膜の變化があると述べたが,潰瘍が血管の變化の起り易い老年に歩く若い者に多く實際かかる變化を認めることが少いので,この説の發展は見られなかつた。然し血管説を支持する立場からなされた動物實驗で,本邦でも胃の小血管内に石松子浮游液を注入して胃潰瘍を發生せしめ海本多氏の實驗や大網切除によつて發生せしめた例もある。吾々の檢した多數の火傷屍剖檢例では胃十二指腸の粘膜下出血が稀ではなかつた,約30例の中で急性胃並に十二指腸潰瘍が夫々1例宛あつた。特に十二指腸潰瘍の例ではその新しい潰瘍から多量の出血があつて,それによつて死亡ししたものであつた。火傷後の胃,十二指腸潰瘍と粘膜出血,粘膜壊死とは關連性があつても差支へないと思ふ。手術例や剖檢例での胃に潰瘍と幽血性エロヂオンの共存する例は決して稀ではなく,かかる血行障害からも潰瘍は發生し得ることは不思議はない。Virchowのたてた血管説は,栓塞などの血管に機質的變化のあることを前提としたのであるが,神經から來る痙攣性,官能性機械説などの説く,血管そのものに機質的變化のない場合でも血行障害は起り得るのである。これ等に關してBenekeは神經性血管痙攣をv.BergmannやRössleなども痙攣説を唱へ,血管のみでなく筋群の痙攣によつても血行を押へて血行障害を來すもと説いている。
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