- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- 参考文献
はじめに―Serendipityとは
セレンディピティー(serendipity)とは「あるものを追究する過程で,偶然に,本来探していたものとは違った別の価値あるものや事象を発見すること,またはそういう能力」を表す言葉であり,イギリスのホーレス・ウォールポール(Horace Walpole:1717~1797年:図1)の創語である.一般の英々辞典においては「Serendipity:the natural ability to make interesting or valuable discoveries by accident(and sagacity)」と説明されている.このウォールポールは著述(代表作はゴシック小説の先駆けとなった「オトラント城奇譚」),歴史研究,美術鑑定など多領域において多彩な才能を発揮したイギリス貴族であり,彼の父親は18世紀のジョージ1世の治世下に初代首相を務めたロバート・ウォールポールである.
ゴシック小説というのは18世紀末から19世紀初頭にかけてイギリスにおいて流行した神秘的かつ幻想的な小説のことで,今日のSF小説やホラー小説,ファンタジー(近年大ヒットした「ロード・オブ・ザ・リング」や「ハーリー・ポッター」など)の原型になったもので,これらは怪奇現象,宿命,廃墟や幽霊などをモチーフにして書かれた.当時の代表的なゴシック小説としては,メアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」やスチーブンソンの「ジギル博士とハイド氏」,ブラム・ストーカーの「ドラキュラ」などが挙げられる.
閑話休題.多くの語源辞典では,このserendipityという言葉は前述のホーレス・ウォールポールが1754年に「The Three Princes of Serendip」という寓話から創作した言葉であると記されている.Walpoleが友人に宛てた書簡のなかに,この言葉(serendipity)は「(現在のスリランカの古名である)セレンディップの3人の王子」という寓話をもとに造語したとあるのである(図1).ちなみに,この「3人の王子」という寓話は,王命を受けて近隣諸国をめぐる旅に出たセレンディップ国王の三人の息子が,旅の途上に,偶然(by accident)に持ち前の叡智(sagacity)によって,本来求めていたこととは異なるが非常に価値あるものを次々に発見して(Three princes discovered things which they were not in quest of by accident and sagacity),帰還・復命するという話である.すなわち,この言葉でWalpoleが言わんとするところは,(1)別のことを追究している最中に,(2)偶然に,(3)持ち前の叡智の働きによって,別の価値ある重要な発見がなされるということである.このserendipityによって貴重かつ重要な発見がなされて医学がより一層の進展をみることはよくあることであるが,以下に前回で紹介したフレミングによるペニシリン発見と,細菌学に関連してマーシャルとウォレンによるピロリ菌発見にまつわるserendipityを例示する.
Copyright © 2009, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.