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中国の伝統医学は長い歴史を有し,わが国に渡来してからおよそ1,500年が経過し,発展してきた.江戸時代にヨーロッパの医学が伝わると,蘭学(方)に対して中国医学を漢方と呼称するようになった.明治維新で当時の政府が漢方を非公認化してから日の目を見なかったが,北里柴三郎博士(慶應義塾大学医学部初代医学部長)や,近年では武見太郎博士(元日本医師会長)などの漢方に対する理解もあり,医療用漢方製剤として昭和51(1976)年に健康保険に薬価収載された.その後,30年以上にわたって臨床医の80%が漢方製剤を処方した経験があるといわれている.この背景には,わが国の80に及ぶ医学部・医科大学の80%で漢方医学の教育が施行されており,また文部科学省の医学教育において「医学における教育プログラム研究・開発事業」のコア・カリキュラムに漢方項目が設定されたという画期的な出来事がある.したがって,漢方医学の底辺が拡大していったことは否定できない事実である.
ではなぜ,西洋医学で教育を受けた医師が漢方を用いるのであろうか.すなわち,西洋医学においてはCT,MRIおよび内視鏡などを用いて異常所見を示さない患者の不定愁訴に対して,特に異常なしと診断されるか,精神安定剤の投与などが行われる.しかし,漢方医学では愁訴がある限り病的状態と診断する.望,聞,問,切の4種の診断法(四診)と医師の五感による診察法で,いわゆる「証」を決めている.「証」とは,患者に現在発現している症状を気血,陰陽などの基本構造により認識し,さらに病態の特異性を示す症候を総合判断して得られる診断であり,これに基づいて治療の指示を行う.すなわち,診断と同時に治療―漢方の処方に至るのが漢方医学の特徴である1).外科領域における漢方医学をみてみると,近年,内視鏡下治療を中心とした低侵襲手術,移植医療,再生医療,遺伝子治療などの技術革新が進むなかで,従来の標準治療から個々の患者に適合した「個別化医療」が求められている.このような医療のもつ背景のなかで,もともと漢方は「個の医学」といわれており,個人の体質などを重要視し,しかも心と身体は一体であるという概念を前提としている.
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