連載企画「外科学温故知新」によせて・7
癌化学療法(2)―抗癌剤は毒ガスから生まれた!
佐藤 裕
1,2
Hiroshi SATOU
1,2
1北九州市立若松病院外科
2日本医史学会
pp.1516-1517
発行日 2006年11月20日
Published Date 2006/11/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1407101062
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1943年12月,イタリア南部のアドリア海に面したバリ港で,係留していたタンカーが空爆を受けて大爆発するという事故が起こった.最初から余談になるが,最初に発見されたアントラサイクリン系抗癌性抗生物質である一般名ダウノルビシン(商品名ダウノマイシン)は,アドリア海に面した南イタリアプーリア州のダウニア(Daunia)という小さな町の土壌中の放線菌(Streptococcus peucetius)の培養液から発見されたために,Daunomycinと命名された.また,ドキソルビンの商品名であるアドリアシンという呼称も,この菌を含んだ土壌の産地がアドリア海に面していたことに因んで命名された.トリビアな話であるが,この抗癌剤を作る細菌を含んだ土壌の産地は,のちに抗癌剤の創薬につながる毒ガス流出事故があった港町バリを含むプーリア州のアドリア海に面した地方であったのである.
閑話休題,その際にタンカーに積載されていた大量のイペリットという毒ガスが流出し,その処理にあたった多くの連合軍側兵士が被災した.そして,600余名の兵士がこの毒ガスによって重度の皮膚熱傷を負ったり,高度の骨髄障害などの重篤な合併症をきたして,ついには83名が死亡するという大惨事に発展したのである.ところが,このイペリットという毒ガスによって引き起こされた事故が,皮肉なことに抗癌性化学療法剤の開発につながっていった.すなわち,健常者において白血球を減らす作用があるならば,これを白血病の治療に応用できるのではないかという考えが生まれたのである.
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