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脳血管障害などによる急性の病変で,小脳系が(錐体路損傷を伴わずに)半側性に強くおかされたとき,一見すると錐体路性の片麻痺を思わせるような症候を呈することがある。嘗つてはこれを小脳性片麻痺hémiplegie cérébelleuseと呼んだことがあるが,近年,この名はほとんど用いられることはない。その理由の第一は,半身性の小脳症状hémisyndrome cérébelleuseと混同されやすいこと,第二は,実際には麻痺がないので,この名称は正確でないこと,による。しかし,この病態は特異な状態であり,単に小脳症状の中に埋没させると,臨床的な判断を誤らせるので,上記の理由の整理も兼ねて,筆者はこれを小脳性仮性片麻痺cerebellar pseudo-hemi-plegiaと称している。
小脳性運動障害というと,一般には,運動に際してみられる動作のまずさ,すなわち運動失調がまず念頭に浮かぶ。ここで問題とする小脳性仮性片麻痺は,むしろ,手・足を動かさないことの方が印象的である。病因は外傷を別とすれば脳血管障害によることが多く,急速な発作の形で現われる。通常,意識は障害されず,歩行に際して足幅はやや広いが,よろけることはなく,患側に少し寄る程度である。健側を中心に回転するときはこれがやや目立つ。歩くときに,患側の膝を曲げずに,その下肢を前に投げ出すように歩を進め,上肢は体の脇に垂れたままで,健常人にみられる腕の振りはない。股関節を通常より強く曲げ,足を高く上げ,踵からどしりと地面を叩くように落す。これらの状態は錐体路性弛緩性片麻痺患者の歩行に似ている。起立しての平衡は安定しており,両足を揃えて立つことも出来る(Romberg徴候も陰性である)。患側の片足で立つと不安定である。
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