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高齢化社会における医療の重要な課題の1つは,老年科診療の内容の向上にあるということがいえよう。すなわち,とくに40歳以降の中年期から高齢期の人々ひとりひとりについて,その健康増進の指導,成人病・老人病の早期診断・治療と予防に適切な診療をおこないうる臨床医の能力の向上が高齢化社会の重要な課題の一つである。そのためには,最近とくに急速な進歩を示している臨床各領域の知見をつねに取り人れながら,これを一領域にかたよることなく,人の個体全体の立場から統合・整理した知識・技術をもつことが極めて有用である。すなわち患者の臓器別の各領域を配慮しながら個体全体として診療するとき,現代しばしば指摘されている真に患者の立場にたつた診療を科学的に納得のゆく方法で行なうことができる。今回原澤・亀山両教授の編集された「臨床医のための老年科診療指針」は,そのような目的に最も適した出版物ということができよう。本書の執筆者は両教授を加え,55名の現在最も活発に診療・教育・研究活動をしておられる内科領域ならびに外科,その他専門領域の教官の方々で,人きなハンドブックも作成しうる陣容である。それぞれ簡潔に専門領域を臨床医・研修医の立場にたつて紹介しておられ,それだけに簡潔で,しかもレベルの高い良書となつている。
本書は3部より成り,第1部は「老年者の疾患と診療のポイント」,第2部は「老年者における特異な病態」ならびに第3部は「臓器・系別疾患とその扱い」が含まれている。第1部は,原澤教授・亀山教授が,それぞれ「身体上の特徴と好発する疾患」,ならびに「診断に際しての注意と診察法」を概論され,次いで「検査所見・値の特徴」,「治療上の注意点」,「リハビリテーション」,「看護」,「居宅の医療と老人ホームの医療」の7項目となつている。原澤教授は,老人科入院患者の経験から具体的な疾患として最も多いのは悪性腫瘍,高血圧,糖尿病,心疾患,肝・胆・膵の疾患,脳血管疾患,呼吸器疾患,腎・尿路・性器の疾患,消化管の疾患,内分泌・代謝疾患,神経系および感覚器疾患,運動器疾患,動脈硬化,動脈炎など,血液疾患,精神障害,先天異常,皮下の組織の疾患などの順をあげ,また各群における主要疾患の頻度を整理し,多い疾患から列してみると,糖尿病,高血圧,脳血管障害,尿路感染症,虚血性心疾患,心不全・不整脈,胆道疾患,慢性気管支炎.肺気腫,肺炎,肝硬変,肺結核,肺癌,消化性潰瘍,慢性腎炎,甲状腺疾患,胃癌などの順であることを示していろ。このように重要臓器の区分を行い,majorの疾患が整理して示されていろことによつて,人を個体全体としてみるという立場が,臨床家にわかり易く,具体的に示されている。亀山教授も老年者の診察の進め方について多くの注意事項を記載され,自覚症状,全身状態,意識障害,痴呆,一般身体所見,神経学的所見のとり方をわかりやすい図・表で示している。このような診断学の基本に帰つた態度は,今後の老人医療,プライマリ・ケア,救急医療などの全人的な診療における基盤ということができ,この上に進歩する知識・技術を積みあげていくことが,正しい診療能度ということができよう。種々の検査に関しては生化学,心電図などのほかに脳波,心エコー図,CTなどがそれぞれの専門家により紹介され,これらがすでに一般臨床検査になりつつあることを示している。治療上の注意点として,薬物とともに,輸液,栄養が重要項目として並記され,さらに「リハビリテーション」,「看護」ならびに「居宅の医療と老人ホームの医療」の項目が述べられている。
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