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近代神経心理学が19世紀に誕生した事情を考察する上で,GallからBrocaにいたる皮質局在論,およびLordatに遡る失語の心理=言語学説と並んで忘れられぬのは言うまでもなくJ.H.Jackson (1835-1911)による神経系機能の力動的階層論である。後にジャクソニズムと呼ばれるようになる彼の基本的考想は,神経系を反射弓をモデルとして低次から高次への階層性を示す感覚=運動過程(sensori-motor processes)の場としていわば縦の軸から考察する点で,Gall以来の平面的皮質局在論--だからといつてGallが皮質と末梢との繊維連絡に無関心であつたとは言えない—と著しい対照をなし,神経心理学に新しい視点を導入した意義は極めて大きいと言わざるを得ないが,この二つの学説の対極的性格を何よりも端的に象徴するエピソードは,時に33歳のJacksonと44歳のBrocaが相まみえ,「この注目すべき疾患〔失語〕の病理についてのイギリス最高の見解をフランス最高の見解と直接比較する」またとない機会となつたイギリス学術振興会(British Association for the Advancement of Science)第38回例会の第2部会(Section II. Biology:Department of Anatomy and Physiology)の枠内で催されたシンポジウム"Seat of the faculty of articulate language"(Brit. med. J., ii; 192 & 259-260, 1868, Lan—cet, ii; 226, 259-260 & 386, 1868, F. Schiller: Paul Broca, Univ. of California Press, Berkeley, 1979)であろう。この例会は1868年8月19日〜25日,Dr.J.D.Hookerを会長として,主要話題であるDarwinの進化学説を論ずるべくNorwichで開かれたが,ここでいささか先まわりして指摘しておきたいのは,Jacksonの学説に直接大きな影響を与えたH.Spencerの進化主義と連合心理学を基盤とする主著"The principle of psychology"(1855)はC.Darwinの"The origin of species"(1859)に数年先立つて出版され,Jacksonの著書にはDar—winの引用はあまり数多くない点である。
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