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近年,向精神薬のめざましい発展に伴い,精神科以外の一般臨床家の日常の処方にも向精神薬がもりこまれる機会が,日ましに多くなってきた。とくにわが国でも過去10年位の間に心身医学についての啓蒙運動がさかんになるにつれて,この傾向はいっそう強められてきたようである。すなわち,患者の体の症状の背後にある心理的因子に対する臨床家たちの洞察が深まれば深まるほど,身体諸器官に対する処理や投薬だけでなく,患者の心に働きかけるさまざまな療法を合せ行なういわゆる心身医学的な治療の重要性が注目されるようになってきた。ところが,一般臨床家にとつては特殊な訓練を要し,非常な時聞と労力を費さねばならぬ心理療法を日常実践するのは容易なことではない。そこで,今日,一般臨床における心身医学的な治療の大きな部分をしめるのは身体的な療法と向精神薬の併用である。
従来,よくいわれてきたのは,「患者の心に対する処理としては,向精神薬はむしろ一時しのぎの対症療法的なものであり,心によって心に働きかける心理療法がある。科学の進歩の現在の段階では,これもまた真実といわざるをえないが,このような考え方には,一つの大きなおとし穴があるようである。というのは,人間の心は,他からの心理的な働きかけによつて動かされるだけでなく,その肉体に働きかけることによつて心を動かす可能性もまた大きいものである。西園講師は本書で,「精神療法の創始者たちは,情緒問題に含まれている身体性を排除することによつて,精神療法の体系を確立しようとしたが,情緒問題から身体性を拭いさりきれるものであろうか。ここに各種の精神療法が臨床の現場に定着しえなかつた理由がある」と述べておられるが,従来,心理療法とされていたものについても,これを深く観察するとき,その身体性が思いのほかに大きいことに気づくものである。たとえば,催眠療法などにさいして,身体的な弛緩が患者の意識の変容をひきおこす作用の大きいことが,近時生理学的にいよいよ明らかにされてきている。このような次第で,人間の心を動かす方法として,体にたいする働きかけを通して,心を動かす方法の持つ意味が,学問的に明らかにされることは,心理療法,さらには心身医学の真の発展にとって,きわめて重要な足がかりを与えるものである。
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