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I.緒言
Cerletti及Bini (1637)により始めて精神分裂病の治療に電氣衝撃療法が應用されてから既に10年餘を經たがその内容も漸次改善され本法の聲價は些かも衰えないのみならず應用範圍の一路擴大への道を辿りつゝある。著しい効果のある治療というものはその反面多かれ少かれ副作用を伴うものであり其處に臨牀醫家の苦心が存する譯であるが電撃療法も同樣に色々の副作用が出現する點で尚完全なものとは云い得ない。我々が日常電氣衝撃を受けた患者から聽く訴えの中で最も多いのは何と云つても「物忘れ」であろう。外界に無關心な分裂病者には比較的影響はないが抑制の強い抑欝病者や心氣性傾向,劣等感の強い精神衰弱者は治療によつて二次的に生ずる記銘力障碍の為に自己の疾病が更に増惡した如くに感じて,治療忌避の傾向が生じて來る。記銘減弱の訴えに對して我々は患者に或は家族に何等かの回答を與えて安心させなければならない。ところが現在迄この「物忘れ」が恢復し得る——少くとも頻回の電撃施行により回復不能の癡呆を來さない限り——ことは經驗上判つてはいたが併し全く數字上の據りどころがなかつた。其處に私が本小實驗を企圖した動機がある。
電氣衝撃に依つて器質性の癡呆を來すことは先に我々の教室の鹽入が電撃頻回施行により分裂病者に癲癇發作の襲來をみることゝ共に報告したが其後富永,西谷氏等により所謂「電撃癡呆」なる概念が提唱された。鹽入の場合は週2〜3回の頻度で50回以上に達した者の中で少數に上記の發作と癡呆とがみられたのであるが,富永氏等の場合は極めて特殊な状態即ち所謂電氣衝撃重積法を施行して頻回にわたつて高度の刺戟量が加えられた際にみられた現象であつた。之に對して私は現今最も普遍的に行われている週2乃至3回の衝撃頻度の場合に記銘力の障碍が如何なる樣態を以て現われるか即ち一般の電撃療法に際して患者の訴える「物忘れ」に對して何程の客觀性が賦與されるかを觀たいと志したのである。尚本研究は昭和23年及24年東京精神々經學會に於て發表したが紙面の關係から圖表の大部分は之を省略した。
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