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はじめに
HIV脳症とは,ヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus)1型感染者に起こる認知運動障害症候群である。この疾患の症候は,初感染から数年を経過して末梢血中のCD4陽性T細胞が減少してくるエイズ期に明らかになることが多い。この認知障害は皮質下性痴呆が特徴的である。最初の症状としてよく見られるものは物忘れと集中力の低下である。そしてやがて最近の出来事を思い出せない,注意を維持できない,思考が止まってしまうなどの訴えがある。時に下肢運動障害,失調,振戦などもあり,そして進行すると人格,行動の変化となって現れ,無動状態となり,寝たきり状態となって死亡する。
しかし,1997年以降エイズへの有効な治療法としてHAART(highly active antiretroviral therapy)療法が臨床現場に導入された。この治療は核酸系逆転写阻害薬とプロテアーゼ阻害薬あるいは非核酸系逆転写阻害薬とを組み合わせた多剤併用抗ウイルス療法である。この治療法の開発により世界のエイズによる死亡者数は先進国を中心に激減した。2005年の世界におけるエイズ関連疾患による死亡者数は約300万人,HIV感染者総数は約4,030万人である。そして,HIV脳症の発病率はこの治療により著明に減少したものの,HIV脳症の軽症型と考えられる軽度の認知および運動障害(milder cognitive and motor disorder:MCMD)の出現が新たに深刻な問題となってきている2, 13)。 この症状は,記憶障害はほとんどなく,計算障害や他の高次皮質機能障害が特徴的である。そしてその病態はHIV感染細胞の脳内への浸潤と炎症性の病理学的変化を伴っており,この段階からさらに進行して神経組織の破壊へ至ると考えられている。
一方,わが国においては,2004年における新規のHIV感染者数は約780人, エイズ患者数は385件であり,さらに2005年の速報では新たに778人のHIV感染者と346人のエイズ患者が報告されている。HAART療法導入の後,HIV脳症患者の数が明らかに減少したが,このHAART療法に対する耐性ウイルスの出現,そして副作用による中止例が増加傾向にあること,またわが国でも前述の軽度の認知運動障害(MCMD)患者が顕在化してくる可能性が高いことから,このHIV脳症は今後も注意を払うべき極めて重要な疾患である。
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