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■発症・由来・伝承
牛蒡種の牛蒡とは植物のゴボウで,牛蒡種をゴンボダネと読む。牛薄種を端的に言えば,「牛蒡種筋と呼ばれる家系があって,その筋の者に憎悪や羨望などの感情を持たれると,牛蒡種の生霊が憑いて精神異常を来す」とされる憑きもの俗信である。牛蒡種は憑かせる人・憑くもの・憑かれる人の構造が明確で,憑依体が狐つきなどの動物ではなく,生霊である点が特徴である。岐阜県飛騨地方(この中心が高山市)にほぼ特有の迷信であるが,飛騨周辺の地方にも若干存在する。
牛蒡種の発症・由来・伝承といった民俗学的側面については須田の研究3)を紹介しておく。牛蒡種俗信の所在地は飛騨山脈の岐阜県側登山口に一致する。人の生霊が憑くという思想が生じたのは平安時代であり,この時代は山岳宗教の修験者が競って深山幽谷に入り,厳しい修練をし,修験道が隆盛を極めた時代でもある。穂高,槍岳,双六岳,笠岳,乗鞍などの峻嶮高峰のそびえる飛騨山脈のふもとは修験者の格好の修業の場であったに違いない。飛騨地方における中世の神社仏閣の調査によれば,山岳宗教である天台宗と真言宗の寺院,および修験道と関連する白山神社は,飛騨山脈を源とするいくつかの川の流域に数多く存在している。この修験者の宗教的なまじないや祈祷によって,その地域の住民が強い情動体験を受け,祈祷性精神病に類似した特異な精神状態を惹起させられたことは想像に難くない。これを体験した地域の住民は,修験者に対し,畏怖,尊敬,嫌悪などの複雑で無気味な感情を抱き,特異な力を持つ人たちと感じるようになった。そして,修験者が村落に定着した場合,彼らの子孫は特異な力を持ったその筋の者とされ,牛蒡種筋の家系が成立したものと思われる。俗信の発症はおおむね平安時代であろうと推定される。この俗信は飛騨地方の地理文化的条件(四方を山で囲まれ,閉鎖的な部落が多いということのほかに,例えば,上宝村は今なお原始宗教の影響が残り,民俗学的研究の宝庫とされる風土)と,飛騨人の迷信を信じやすい性格傾向(例えば,1966年の出生率が丙午迷信によって全国平均より大幅に減少)などがあって今日まで伝承された。なお,牛蒡種の名称は修験者同士の呼称である「御坊」に由来し,それが植物の牛蒡(その種は人によく付着し,付着したら除去しにくい特性を持つ)に付会されて牛蒡種になった説が最も説得力がある。
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