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クレペリンの「精神医学」8版の3巻の内因性鈍化の章の緊張病の写真(原本;708頁154図,訳本;精神分裂病,42頁3図)に分裂病の病人たちの群として,カタレプシー,蝋屈の6人の患者の妙な姿態の写真が載っている。この写真は1896年の5版にも1頁大で出ているのでクレペリンのお気に入りの写真なのであろう。6人の病人の左端の人は直立して右手で頭頂を抑えており,次の人は腰かけて左足を右膝に乗せ,その下に左腕を差し込み,左膝を右拳で抑えて窮屈そうな格好をしており,次の人は後に立って右手で挙手の礼をし左肘を折って手を肩に乗せ,もう一人は後に立って左向きで左手に二足のスリッパを持って掲げており,その次の人は横向きに椅子に腰かけて顔は正面に向けて笑っており,最後の一人は立ってうなだれて左手をズボンのポケットに入れている。緊張型の病人の一人にカタレプシーの姿勢を2,3分とらせておけないことはないが,6人も並んでこんなことができるものであろうか。100年も前にはこのような病人が多く居たのであろうか。私は精神医になって50何年間10人と見たことはない。
ところが1960年のオランダのファンデンベルフの小さな精神医学入門には80も挿絵があってクレペリンのこの写真も転載しているが,「この写真の病人には全部が全部カタレプシーや蝋屈があるのか疑わしい」としてある。すなわちヤラセであって,こんな症状のない病人ないし健康人が医者から命ぜられてサセラレタ,芝居をサセラレタところの写真ではないかというのである。クレペリンのような大先生でもヤラセをしないと教育に役立っ典型的な姿態の写真はとれないものかと感心した。私も昔は安物のコダックのヴェス単(ヴェストポケット単玉F11)かガラス乾板用の写真機でストロボなどなく,マグネシウムの粉を燃やす危なっかしい閃光器か,煌々と電球で照らせる室内か,日当たりのよい屋外でしか撮影できなかったが,こんなお膳立をした場所へ病人を連れてくると,特異な表情,姿態が消えてしまうのである。病人も写真をとられるとなると身構えをしてしまうから,何の気なしに隠し撮りをしなければだめなのである。
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