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症例は85歳,男性。1989年から徐々に認知障害,暴力行為が出現し当院へ入院となった。idebenone,vinpocetineにhaloperidol 2mg/dayを加え,約1年半にわたり逸脱行動はおおむね管理されていた。1992年初め頃から再び暴力行為が散発するようになり,上記処方にtiapride(TPD)50mg/dayを追加,9日目に75mg/dayへ増量した。TPD開始後27日目(増量後16日目)から,鉛管様筋強剛,発熱(最高39.1℃,おおむね37℃台),上半身の発汗,血圧上昇,昏睡から傾眠レベルで変動する意識障害,CPK上昇(1,951IU/l,MM型99.2%)が出現し,悪性症候群(SM)と診断された。経口薬をすべて中止し,補液,抗生剤,dantrolene40〜80mg/day静注にて対応したが軽快せず,6日目に肺炎を併発して昏睡が続き,11日目に死亡した。
アルツハイマー型老年痴呆に合併したSMは,本邦では2例の既報告がある1,2)。本例ではSMの症状は典型的であり,診断に困難はなかった。SMの原因と推定されるTPDは,sulpirideと同じくbenzamide系化合物に属し,強力なdopamineD2受容体遮断作用を有し,特に老齢者の攻撃的行為,精神興奮を標的に広く用いられている。精神科以外の医師は,抗精神病薬の投与に強い抵抗を感じるのが常であるが,構造,作用上は抗精神病薬に準ずるTPDについては比較的安易に用いる傾向がある。現状では,老齢者のSMは抗精神病薬の使用頻度を反映して低く,TPDによる老齢者のSMも現在までに2例の報告があるのみである1)。しかし,今後,TPDの広範な使用を反映して症例が増加する可能性があり,特にSMに通暁しない精神科以外の医師への啓蒙が必要と考えられる。
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