巻頭言
子どもは小さな大人か—精神医学におけるADHDな断絶
石川 元
1
1香川医科大学児童・思春期医学講座
pp.816-817
発行日 2002年8月15日
Published Date 2002/8/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1405902681
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香川に赴任して十年,精神科医とよりも小児科医との付き合いが増え,己が意識も変わってきた。病理(退行)よりも発達に目がいくようになった。数年前から,県下の教育機関にも参加を呼びかけ,香川県学校精神保健研究会を発足させた。大都会に比べれば,児童精神科医は皆無に等しい。長尾圭造氏に顧問を依頼し,高名な講師を毎回招いて,軽度発達障害を中心テーマにワークショップを重ねてきた。また,文部省委嘱LD調査研究専門家チーム会議での活動の際モデル校だった小学校を,その後も,リエゾン精神医学の「御用聞き」よろしく,数名で定期的に訪問。教諭の「気に掛かり度」が高い生徒について相談を受けている。それとは別に受診したADHDについては,リタリン投与の前後あるいは投与量変更の際も含めて,必ず授業参観に学校へ出向く。そのせいか教諭経由の紹介が少しずつ増えてきた。まもなく「ADHD学校・医療連絡協議会」を発足させる。
ADHDで,症状の社会的意味が最も問われる現場である授業光景を掌握しておくことは,てんかん発作を目撃するのと同様,臨床活動には欠かせないと思っている。地方の小学校でも,転勤族の多い市街地と,一年生に入った時から学年に関係なく所属する家の格ですでにその子どもの序列が決まっている離島では,症状の影響も介入の効果もニュアンスを異にする。
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