巻頭言
21世紀の精神科医療—パターナリズムを超えて
伊藤 哲寛
1
1北海道立緑ヶ丘病院
pp.116-117
発行日 2000年2月15日
Published Date 2000/2/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1405902158
- 有料閲覧
- 文献概要
北海道で昨年実施された医師信頼度調査によると,医師の85%が患者との信頼関係が保たれていると回答したのに対して,医師を信頼していると回答した患者は34%にすぎなかった。この調査は一般科医師に対するものであり,患者への共感を仕事の根底に置く精神科医の場合にはこのような大きな医師・患者間の乖離はないかもしれない。しかし,医師の倫理が確実に存在することを前提にして,提供される医療の大部分を医師の裁量に任せてよしとする時代は終わりを告げたといってよいであろう。
倫理といえば,北大精神医学教室を主宰されていた諏訪望先生を思い出す。先生は無教会主義のクリスチャンであったが,絶対的道徳律の存在を確信しているかのように,いつも毅然としていて近寄り難い存在であった。当時,地方都市の医局関連病院に定期的に出向き謝礼を得ていた臨床の教授が少なからずあったが,そのような行動ともまったく無縁であった。学生運動が盛んなころ医学部長を務められた時期があったが,医学生や青年医師たちの激しい抗議に対して誠実に耳を傾け,信頼を失うことはなかった。同じころ無給医会運動に参加していた筆者は,医局での昼食時,医の倫理も時代とともに変わる相対的なものであり,社会的な仕組みの変化によって医師の行動は変わりうるというごく当然なことを恐る恐る言ってみたが,笑って相手にされなかった。その諏訪望先生も1999年10月6日,87年の生涯を閉じられた。倫理に裏付けられた温かい包容力に期待するパターナリズムの世紀は確実に終わった。
Copyright © 2000, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.