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はじめに
養老律令(757年施行)には現在の精神障害や精神遅滞・てんかん患者などの犯罪は減免されていたものの,その患者の看護は原則家族の責任であることが明記されていたが4),心神喪失等で重大な犯罪を行った精神障害者という,二重の負担を負った人々に対して,養老律令以来,はじめて国の責任によって運営される医療ならびに社会復帰のための支援を提供するための法律が「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(医療観察法)」である。この医療観察法医療は司法と医療がともに責任を持つ初めての司法精神医療であり,一般精神科医療にも大きな変革をもたらしつつある。この一般精神科医療への好ましい影響の第一はその医療の実践で用いられている多職種協働の治療プログラムやさまざまなリスク評価と対応マニュアル,包括的暴力防止プログラム(CVPPP)などが一般精神科医療に波及しつつあり,日本の精神科医療の水準を上げることに寄与し始めていることである。
第二に,医療観察法案の成立前後から厚生労働省の精神科医療改革への施策が次々と打ち出され,国会で審議中の医療観察法修正案に明記された「国の責務としての一般精神科医療の水準の向上」のため,厚生労働大臣を本部長とする精神保健福祉対策本部の設置(2002年),「入院医療中心から地域医療福祉中心へ」の転換を図る精神科医療改革ビジョンの策定(2004年),がん,心筋梗塞,脳卒中,糖尿病の四疾病に精神疾患を加えた五疾病について,医療法に基づく医療計画の作成を指示した大臣告示(2012年),国連で2006年に採択された障害者権利条約のわが国での批准(2014年),精神保健福祉法41条の「良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針」に基づく厚生労働大臣告示(2014年)がなされ7,8),その成果が徐々にではあるが,上がってきている。実際,診療報酬の改定もその流れに沿う形で進んでおり,通院困難な精神障害者の地域生活支援のためのアウトリーチ活動は診療報酬の面で評価されるようになり,その後の改善もなされた。また,精神科急性期医療における16:1の医師配置に対する評価も改善され,総合病院精神科医療,とりわけ身体合併症医療の改善なども進められている。これらの流れの源流の一つが医療観察法の審議,成立,施行にあったことは言うまでもない。しかし,一方,著しい地域間格差が指摘されている措置入院制度や精神科情報センターの適正な運用,検察段階での簡易鑑定の適正化,刑務所などの刑事施設等の精神障害者への適切な精神医療の提供など,医療観察法の政府案が提出された当時,盛んに議論された諸点がほとんどそのまま放置されているのは甚だ残念である6)。
医療観察法の施行は遅れていたわが国の司法精神科医療に多大な成果を生みつつあるとともに,一般精神科医療へも大きな波及効果をもたらしつつあるが,本小論では今後のわが国の司法精神科医療の発展と一般精神科医療の改革に何らかの参考になればと願って,医療観察法の成立直前後の状況とその時に積み残された課題について略述したい。
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