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はじめに
心神喪失者等医療観察法(以下,医療観察法)が施行されてから,7年余りの年月が経過した。この法律は,精神疾患の影響下で重大な他害行為におよび,心神喪失もしくは耗弱と判断された人に対して,裁判所の判断ならびに保護観察所の観察下で専門的な精神科医療を受けさせ,再び同様の行為に至ることを防ぐとともに,社会復帰を支援することを目的としたものである。対象疾患としては,主に統合失調症を想定していたこともあり,当初,物質使用障害は本法の対象とはなりにくいであろうと考えられていた。しかしながら,そうした想定に反し,この間,統合失調症や気分障害などの精神障害に併存する形でアルコールや薬物の問題を抱えた対象者が指定入院医療機関に数多く入院してくることとなった。
司法精神医学領域の研究においては,かねてより物質使用障害と暴力との間に密接な関係があることが報告されてきた。たとえば,一般人口を対象としたコホート調査によれば,物質使用障害が存在することで暴力のリスクが男性で5.9~8.7倍,女性で10.2~15.1倍に高まる4),あるいは,物質使用障害は男性の暴力のリスクを9.5倍に高め,女性では55.7倍に高まると報告20)されている。
統合失調症などの精神障害が重複して併存する場合には,物質使用はより一層暴力との結びつきを強くする。精神障害者がアルコールや薬物を1回摂取するだけでも暴力のリスクは2倍に,乱用・依存水準の者では16倍に高まる19),さらには,物質使用障害を伴う統合失調症患者では,暴力全般のリスクが18.8倍,殺人に限定した場合には28.8倍にもなるという報告20)がある。また,このような重複障害患者では,暴力のリスクが高いだけでなく,地域内処遇における服薬のコンプライアンスや治療へのアドヒアランスが悪いことも指摘されている17)。
このような知見からは,医療観察法の対象者,すなわち,他害行為を起こした精神障害者の中に物質使用の問題を抱えた者が多く含まれているのは至極当然のことと言える。そして,医療観察法において,対象者の再他害行為を防ぎ,社会復帰を支援する上で,物質使用の問題に介入することが非常に重要な治療課題の一つであることを意味している。本稿では,独立行政法人国立精神・神経医療研究センター病院(以下,センター病院)医療観察法入院処遇における物質使用障害の実態を報告するとともに,入院処遇中に実施されている治療プログラムについて紹介を行いたい。
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