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はじめに
日本の精神医学は,ドイツ精神病理学の伝統を引き継いで発展してきた。精神疾患の背景にある気質・性格を重視する姿勢もその一つだろう。気分障害の分野では,メランコリー親和型気質と執着気質がよく知られている3)。メランコリー親和型気質は,「几帳面さ」「規範を守る」「辛抱強い」「因習的」など社会規範や行動上の特徴を重視した類型で,単極性うつ病の病前気質としてTellenbachが記述した3)。執着気質は,メランコリー親和型気質に類似するが,「熱中性」「こり性」「執着性」「徹底性」といった精力性の要素を含んだ類型であり,双極性障害を含む気分障害の病前気質として下田が提唱した3)。また,Kraepelinは,抑うつ,循環,発揚,刺激性(焦燥)気質という4つの「基礎諸状態」を,「躁うつ病(気分障害)の発作の出ないときにも存続する病的な持続状態」として記載し,これらは「躁うつ病の症状のかすかな現れ」であり,「特別の条件下では病気として出来上がって,病的過程の出発点となる」と述べている7)。
一方,気分障害臨床における大きなテーマのひとつは,双極性障害の早期診断と適正治療である。双極性障害は90年代までは比較的稀な疾患であると考えられていた19)。しかし,近年,双極性障害は,抑うつエピソードの5割弱を占め,生涯有病率が4.5〜13.7%に上ることが明らかになってきた19)。これは大うつ病性障害(うつ病)とほぼ同じ頻度である。双極性障害とうつ病では治療上の大きな違いがある。双極性障害の抑うつエピソードに対する抗うつ薬単独療法は,その有効性に関して議論があり,かつ,躁・軽躁病エピソードへのスイッチや急速交代,混合状態などの精神科有害事象を誘発する可能性が指摘されている13)。ゆえに両者を早期に鑑別することは重要である。躁病エピソードは著明な機能障害をもたらし,周囲の人にも大きな苦痛をもたらすので,双極Ⅰ型障害の診断は比較的容易である。しかし,双極Ⅱ型障害の診断は難しい。双極Ⅱ型障害の患者は,ほぼ例外なくうつ状態の治療を求めて受診するが,診断の必須項目である軽躁病エピソードは,患者・家族にとっては病的ではない喜ばしい時期であると認識されていることが多く,かつ,その持続期間は抑うつエピソードに比較して非常に短いので,過去にさかのぼって同定することが困難だからである19)。
米国のAkiskalらは,Kraepelinの基礎諸状態を基にしたaffective temperament(感情気質)という概念を1980年代から提唱している2)。2000年代以降,自己記入式評価法であるTemperamental Evaluation of Memphis, Pisa, Paris and San Diego Autoquestionnaire(TEMPS-A)1)が登場し,定量的評価が可能になって以来,感情気質と気分障害,自殺関連行動,非臨床サンプルにおける閾値未満の精神症状などとの関連が盛んに研究されるようになってきた。本稿では,感情気質概念の詳細,感情気質と気分障害との関連,そして筆者らが取り組んできた,感情気質の評価をうつ病と双極性障害の鑑別診断や気分障害の治療方針決定に応用する可能性について順次紹介していきたい。
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