Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
- 参考文献 Reference
はじめに:クロザピン治療の現状
「複数の抗精神病薬」を「十分な量」,「十分期間」服用しても「改善が認められない」ことによって定義される治療抵抗性統合失調症は,統合失調症患者全体の1/3にあたると報告されている。そして,クロザピンは治療抵抗性統合失調症において適応が認められている唯一の薬剤であり,その反応率は60〜70%とされる5)。
しかし,このように有用な薬であるのにもかかわらず,世界的にも,また本邦でもクロザピンは十分には普及しているとは言えない。その最大の理由は,クロザピン誘発性無顆粒球症という重篤な副作用が約1%程度認められる事実に起因するであろう。
無顆粒球症は血液中の顆粒球数が500個/mm3以下となり,感染症に対する抵抗力が下がる重篤な病態で,その死亡率は2〜4%程度である9)。そのため副作用の早期発見・早期対処などを目的とし,定期的血液検査の確実な実施と処方の判断を支援する仕組みとしてクロザリル患者モニタリングサービス(以下,CPMS)があり,その運用手順に則りクロザピンの治療は行われる。
具体的には無顆粒球症の早期発見のため,頻回の血液検査を行い白血球数・好中球数のモニタリング(白血球数・好中球数のモニタリング頻度は,特に問題がなければ最初の26週間は1週間に1回,その後は最大で2週間に1回まで間隔を空けることができるが,モニタリングの継続は必要である)を行う。しかし,患者にとって大きくはないが侵襲的であり,ストレスフルであり,そして医療者にとっても一定の手間がかかる。
さらに,治療開始時には入院が必要であり,血液内科との連携が必要であるなど,そもそも使用できる環境にある施設は限られる。加えて,心理的要因なのかもしれないが,「無顆粒球症に対する恐れ」を患者のみならず精神科医も持つことなどが普及しにくい要因となっていると考えられる。
最も避けるべき無顆粒球症の診断基準は,上述のように好中球数500個/mm3未満である。しかし,現実的には安全性に配慮して顆粒球減少症(好中球数1,500個/mm3未満)もしくは白血球減少症(白血球数3,000個/mm3未満)になった時点でCPMSの運用手順に則り,クロザピンの投与は中止しなければならない。そして,基準値をわずかに下回った場合においても,投与は中止しなければならず,たとえ速やかに血球数が回復したとしても,またクロザピンが著効していた症例でも再投与をすることはできない。一方で臨床の現場では,白血球数・好中球数が比較的容易に変動することを医師は経験している。クロザピンを処方し,頻回に血球数をモニタリングするようになると,ますますそれを実感することが多いであろう。
現時点では,いったん顆粒球減少症や白血球減少症に陥った症例が,そのまま無顆粒球症まで進展するのか,それとも速やかに回復するものなのかを見分けることができないため,安全に使用するために,顆粒球減少症や白血球減少症に陥った時点で投与を中止するという制約は,やむを得ないことである。そこには安全性の担保と,この制約のために本来は無顆粒球症への進展の危険性が低い(と臨床的・直感的に考える)患者までもが有用な薬剤を使用できなくなってしまうということのジレンマが存在する。治療抵抗性統合失調症治療において,すなわちクロザピンの代替となる薬剤がない現状において,もし無顆粒球症に進展する可能性の低い患者を見分けることができるようになれば,その患者はクロザピンの投与を続けることができるため,大きなメリットとなるであろう。
本稿では,近年同定されてきた無顆粒球症の遺伝的リスクが臨床判断にどのように役立つのか,そして,この現状のジレンマにどのように役立つのかについて述べたい。
Copyright © 2017, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.