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はじめに
症候に基づいて類型化される精神疾患において,その神経生物学的な基盤に対する理解は未だ不十分であり,臨床場面で患者の診断や治療計画の決定に資するバイオマーカーも現時点では開発の途上にある。ここでは,計算論的神経科学(computational neuroscience)の手法を精神医学研究に適用することで,疾患の現象論的側面と病態生理学的側面を架橋し,生物学的根拠が明確な指標のもとで疾患体系を捉え直すことを目指した近年の試みを概観する。
従来,この種のアプローチでは理論主導(theory-driven)の研究が多く行われてきた。例えば強化学習モデルやゲーム理論モデルなどの構築を通じて,分子・細胞から神経回路に至る階層構造を持った脳で疾患特異的に生じる変化と,表出される行動とを対応付けるための検討が重ねられてきた8,10)。快楽消失や不注意,実行機能の低下などといった精神疾患を規定する症候の多くについて,理論モデルによる説明が試みられている。
一方,疾患にかかわる生物学的な特徴量がデータに内在するものとして,これを特定の研究仮説を設けることなく,解析的に見出そうとする「データ駆動(data-driven)」の研究手法が今日新たな潮流となりつつある7)。本稿では,その現状と今後の展望について,特に神経画像を用いた研究を取り上げながら詳述する。
たとえば,機械学習の手法を大規模画像データに適用し,個人の疾患傾向が定量可能な指標の確立を目指す研究がこれにあてはまる。近年,個人の状態予測(たとえば疾患か健常か)が高精度に行われたとの報告も頻繁に目にするようになってきた。しかし,これを臨床へ橋渡しする道程はまだ長く,より多くの症例による信頼性の検証や,いくつかの重要な技術的課題の克服が残されていることに留意すべきである。
最後に,データ駆動のアプローチで見出された疾患特異的な特徴をニューロフィードバックなどの治療に活かす可能性について論じる。このような研究開発は,神経画像によって精神疾患の診断と治療を融合し,臨床精神医学において初めて「セラノスティクス(theranostics)」を実現する可能性を秘めている9)。
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