Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
- 参考文献 Reference
はじめに
ヒトを含む霊長類は,他の哺乳動物と比べて社会構造が複雑である。たとえば,自然状態下におけるニホンザルの群れサイズ(以下,集団サイズ)は20〜150頭にも及び,その中には順位制,リーダー制,血縁性にもとづく社会構造が存在する。ヒト社会の複雑性はいうまでもない。近年は,加えて通信技術の進歩により,さまざまなタイプのコミュニケーション社会がインターネット空間にまで広がっている。多数の個が互いに複雑な作用を及ぼしあう集団社会をうまく生きるには,他者が発するさまざまな行動シグナルの検出を通して他者の行為を理解し,その背後にある「こころ」を類推することが必要になる。同時に,社会的文脈に応じて自己の行為を適切に制御することも必要である。
社会構造が複雑になればなるほど,そして社会を構成する個の多様性が増せば増すほど,脳が処理すべき情報量は増すであろう。実際に,霊長類の大脳新皮質の相対重量は,集団サイズなど社会構造の複雑さを表す指標とよく相関する4)。特に,サルでは側頭葉,前頭前皮質,扁桃体などの灰白質密度が集団サイズの増加に伴い高くなることが分かってきた13)。また,集団内における個の階級と,側頭葉,前頭前皮質,扁桃体,視床下部,縫線核の灰白質密度との間には正の相関が認められるという11)。このような知見は,「社会での生存に必要な適応知性こそが脳の進化の選択圧である」と説く社会脳仮説5)とも矛盾しない。
社会生活や他者への対応に必要な適応知性—いわゆる社会的認知能力—とは,脳のどの部位のどのような神経活動によって実現されるのであろうか。本稿ではサル類を対象に行われた神経生理学研究をもとに,「他者理解」,特に「他者の行為と意図の理解」の神経機構について述べてみたい。他者の行為を観察することにより,他者が何をどのように行っているかだけでなく,その目的や背景意図までを含めて理解することが可能になる。
Copyright © 2016, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.