サルとヒトの比較産科学・10
霊長類の性と生殖(Ⅳ)
大島 清
1
1京都大学霊長類研究所
pp.823-838
発行日 1980年12月25日
Published Date 1980/12/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611205793
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9.ヒト発情期喪失論
1)序 章
ヒトの発情期がなぜ無くなったか,と言ってもピンとこない人が多いかも知れない。これはもっとわかりやすく言うと,ヒトがなぜ年がら年じゅう発情するようになったか,という問いかけと同じである。そんなこと当たり前,とそっぽを向かないでもらいたい。サルは大体1年に1度しか発情期がこない。これは「発情期に年周期性がある」と表現される。ヒヒや類人猿は周年発情すると言われているが,実際に交尾がひんぱんに見られるのは月経周期の中問期である。ゴリラでさえもそうであることがネドラー1)によって報告されたのが10年前。類人猿の性行動も強くホルモン支配に依存している点は下等哺乳類と変わらない。霊長類の中でヒトの発情だけが,時間を超越している。この単純な質問に私は長い間答えようとして苦しんできた。単純な質問ほどおそろしいものはない。諸君が「愛って何?」「生きるって何?」と問われたとき,どのように答えられるだろうか。それと同じくらいに難問なのである。
大脳化現象が進行して脳が大きくなったと同時に,本能抑制が効いてホルモン依存性が無くなったから,と答えてしまえばそれまでだが,それだけでは割り切れない複雑で重要な要素がからみ合っている,と私は見る。その根源を究めようとすると,どうしてもサルからヒトへの進化の過程を振り返らなければならない。
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