- 有料閲覧
- 文献概要
日本精神神経学会による専門医認定試験の手引書に目を通していたときに気付いたのだが,「症状性を含む器質性精神障害」の症例報告について,括弧書きで精神症状のないてんかんを含んでもよいと記されている。記憶はおぼろげなのだが,たしか筆者が過渡的措置で専門医を取得した際にはてんかんについては精神医学的関与を必要とした症例でなくてはならず,単にてんかん発作だけの症例は認めないことになっていたと思う。てんかん学を生業のひとつとする筆者にとってはこのささやかな修正が大いなる飛躍につながる一歩であってほしい。というのも,近年の精神科医のてんかん離れは目に余る。てんかんを専門とする精神科医はすでに絶滅危惧種を通り越して絶滅種となったと自嘲する同業者もいるくらい惨たんたる状況となっている。たしかにてんかん学は精神医学の中核に位置するわけでもないし,明日の精神医療を担う若手精神科医や後期研修医にとって診療すべき対象はICD-10のFコードかDSM-5にリストアップされている病名がすべてであって,どちらにも載っていないてんかんの診療に対する関心が低くなるのも無理はない。ICD-10マニュアルを開けばすぐ分かることだが,日常診療でよく遭遇するてんかん精神病であってもその存在感はほとんどなく,F06.2器質性妄想性障害(発作間欠期精神病が該当)あるいはF06.8脳損傷,脳機能不全および身体疾患による他に特定される精神障害(発作後精神病が該当)に包含されてしまっているのが悲しい現実である。とはいえ,実際問題として精神科医がてんかん学との関わりを断つことは不可能だと思う。精神科外来には多種多様な「発作エピソード」を主訴とする患者が訪れてくる。健忘を訴える患者では解離症と診断する前に複雑部分発作や一過性てんかん性健忘を鑑別しなくてはならないだろう。てんかん発作との鑑別のために神経内科を紹介する方法もあるかもしれない。でも,その神経内科医は解離についても知識を持ち合わせているのだろうか。こうした精神医学と神経学の境界領域を誰が診療すればよいのだろうか。てんかん学の知識も有する精神科医が重宝がられるのにはこうした事情がある。健忘や異常行動をはじめとする奇妙なエピソードを呈するてんかん発作に悩む患者が最初の受診先として精神科を選択することがいかに多いことか。そうした例は枚挙にいとまがない。リエゾンで診察を依頼されたせん妄は非けいれん性てんかん重積かもしれない。近年,てんかん発症率は高齢者で最も高いことが広く認識されつつあるが,高齢者では初発発作が非けいれん性てんかん重積であることも少なくない。
たとえ,てんかん発作を直接診療することからは免れたとしても,精神症状を併発しているてんかん患者の診察を免れることはできないだろう。てんかんはさまざまな精神障害を併発しやすく,その中にはてんかん特異的精神症候群と呼ぶべきものもある。その上,自閉スペクトラム症,注意欠陥・多動性障害,Alzheimer病など,てんかんを併発しやすい精神障害も数多く存在することも認識しておかなくてはならない。実は国際的にはてんかんの精神症状は近年再び注目を集めている。というのもてんかん患者のQOLに精神症状が相当な影響を及ぼしていることが分かってきたからである。その証左として2000年にはてんかんの精神症状に焦点を当てた国際誌も刊行されている。筆者のてんかん学に対する認識は「てんかんは神経疾患ではあるけれども,てんかん学と精神医学を切り離すことはできない」である。かつてLennox(1951)が言及したように,てんかん学は神経学と精神医学の交差点に位置し,精神医学がてんかんとの関わりを断つわけにはいかないと思うのだが。
Copyright © 2015, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.