巻頭言
わが国の精神病理学の明日によせて
木村 敏
1
1京都大学精神医学教室
pp.684-685
発行日 1989年7月15日
Published Date 1989/7/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1405204731
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生物学的精神医学の目覚ましい発展と反比例して,欧米諸国の精神病理学からはひところの活気がすっかり失われてしまった。精神疾患の身体的基礎についての新しい発見と,そこから導かれるよりよい治療法の開発が,精神病理学にとっても歓迎すべきことであることは言うまでもないのだが,それによって「精神」とか「こころ」とか呼ばれるものの病が身体や脳の病に読み変えられて,精神科医の前から姿を消してしまうものではあるまい。精神科の患者にとっての一切の苦痛の根源,精神科医の究極の治療目標は,なんといっても精神の病なのだから。精神の病を精神の病として研究する精神病理学がその仕事を放棄すれば,生物学的精神医学にとっての確実な道標も失われてしまうことになるだろう。
ひるがえってわが国の精神病理学の現況を見ると,ここには欧米での退潮ぶりが嘘のような活気が残っている。何年か続いた「精神病理懇話会」が「精神病理学会」として正式に発足したのも,そのひとつの徴しだろう。なによりも喜ばしいのは,本来の専門領域としては生物学的精神医学を標榜している研究者たちの多くが,精神病理学にも熱心な関心を向けていることで,これは欧米ではまず見られない現象である。
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