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I.はじめに
近年の躁うつ病の生物学的研究は,生化学的あるいは生理学的臨床的研究から,抗うつ剤や抗躁剤の作用機序あるいはうつ病動物モデルに関連した動物研究にいたるまで極めて広範多岐にわたって行われている。そのうち生化学的臨床研究についてみても,患者体液,血球成分や死後脳を用いた神経伝達物質と目される各種の物質や代謝産物の測定,各種受容体機能の測定,電解質に関連した研究,種々の負荷試験を含めた内分泌学的研究からポジトロンCTを用いた研究まで様々の方法で行われている。それぞれの研究は,セロトニン仮説,ノルアドレナリン仮説や時計生物学的仮説などのうつ病仮説と個々に関連づけて考察されているが,今のところこのような研究を総合し躁うつ病を説明するにはまだまだ距離があるといえる。このような状況が作りだされている理由の一つとして,症候論的分類である躁うつ病に,共通して存在する生物学的所見を探し出そうという方法に問題があると考えられる。最近では躁うつ病を厳密に亜型分類する努力がなされているが,その分類も症候論的なものである。そこで,生物学的研究の方法の一つとして,逆に薬物に対する反応性であるとか種々の生物学的指標(マーカー)による亜型分類を行い,それぞれの亜型の病因・病態を研究しようという試みも行われてきている。
「生物学的マーカー」といってもその意義はさまざまである。病因と特異的な関連を持つマーカーが見い出されることが最も望ましいが,素質的脆弱性と関連したもの,病態と関連したもの,病態によって二次的に生じた事柄に関連したものなど,マーカーの性質,意義はいろいろである。現在のところは,まず生物学的マーカーの候補となるものを捜し出し,はたしてそれがマーカーと言えるか否か,何と関連のあるマーカーなのか明らかにしようというやり方がとられている。このような研究の成果によって,将来,躁うつ病研究が大きく進展する可能性はあるし,一歩退いても,亜型分類を含めて診断的意義を持つであろうし,薬物選択法などへの治療的応用も可能であると考えられる。これまでの躁うつ病の生物学的マーカーの研究で代表的なものはデキサメサゾン抑制試験(DST)である。当初,これによって確実にうつ病の生物学的診断が行えるという過度の期待が寄せられたDSTは,その後の研究でうつ病診断のスクリーニングとしてもほとんど意味がないとされている。しかし,うつ病に特異的ではないにしてもしばしば認められる機能異常を反映しているものであり,他の生物学的所見との組み合わせによって精神医学的意義が出てくる余地はある。ともあれ,DST研究の歴史は,今後の生物学的マーカーの研究にあたって教訓的であり,それぞれのマーカーの意味について充分な検討をする必要性があることを示しているといえる。
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