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I.はじめに
Liepmannの提唱した肢節運動失行(limbkinetic apraxia)とは誤解をおそれず要約すれば習熟運動の拙劣化現象をさしている。彼によればその原因は運動記憶痕跡の喪失にあり,このため一旦成立した習熟運動が習熟以前の状態に戻ってしまうのだという。運動記憶痕跡とは運動執行器官の上部構造として経験や学習によって後天的に形成されるものである(Liepmann,1920)。しかも,この運動記憶は個々の運動執行器官(右手なら右手など)の運動知覚表象と分かちがたく結びついている。つまり,肢節性のある記憶である(秋元,1976)。運動執行器官の障害では生得の運動メカニズムが冒されて,麻痺や不随意運動や運動失調や筋緊張異常が生じる。これに反し運動記憶痕跡が冒される場合は学習され,習熟しているはずの運動に影響が出,運動が熟練度を取り去られて,粗雑化,単純化する。ところが,この肢節運動失行という臨床概念についてはLiepmann以後の諸家の意見が一致せず,存在を認める立場と認めない立場がある。認めない立場の方が多く,既にMorlaas(1928)は彼の失行論から肢節運動失行を追放している。Brain(1965)やDeAjuriaguerra(1969)も肢節運動失行は単なる不全麻痺で特別の臨床的地位を占めるものではないと考えている。最近ではGeschwind(1975),Hecaenら(1978),Poeckら(1982)が肢節運動失行を認めていない。
一方で肢節運動失行を認める立場もある。Kleist(1934)は肢節運動失行を運動行為に対する神経制御の巧緻性の消失と捉え,神経支配失行と呼んでその存在を認めている。大橋(1965)も症例を記載している。また肢節運動失行とは呼ばないものの,肢節運動失行に類縁の症状が違った名前で記載されているのもある。Denny-Brown(1958a)はgrasp reflexが巧緻運動を妨害するものをmagnetic apraxia,avoiding reactionによる運動遂行障害をrepellent apraxiaと称している。Luria(1966)は固有運動覚入力の障害が巧緻運動の消失をもたらすことを指摘し,afferent apraxiaと称している。また習熟運動に固有な運動メロディーが失われるために運動が拙劣化するタイプをdynamic apraxiaと呼んでいる。Brown(1972)はJacksonに従ってmuscle powerとmovementを区別し,筋力は保たれているがmovementの支配の失われたものを肢筋運動失行の例として挙げている。筆者も高次体性感覚障害を合併した独特な左手の拙劣症を記載し,palpatory apraxiaという概念を提唱した(Yamadori,1982)。その例を紹介する。
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