Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
208酩酊例の病歴誌を用いて,アルコール酩酊状態を次のように分類し,その各々についての論述がなされている。
A.単純酩酊 即ち正常な分布領域内の変動である急性アルコール摂取に対する普通一般人の反応である。最初に大脳皮質下ないしは生気的一精神的興奮〈感覚感受性の亢進,多幸的基礎気分,発動性の増大〉の出現する時期が現われる。次いで現われるのが昏蒙の段階で,これは皮質,即ち精神の高次機能的「上屈」に緩慢にしか出現せずごく段階的に深化する機能の麻痺期である。このために比較的原始的な機能の脱抑制現象が派生するが,しかしこれは極端な程度にまで高まることはなく「下降性」麻痺の中にたちまち姿を消してしまう。正常な心理的連関や見当識は酩酊者の入眠する時まで保持される。いかなる妄想観念も幻覚も出現することはない。単純酩酊は人格に比較的軽度の震憾を与えるだけであり,礼容はどうにか保たれており,人格異質的行為が生じることはない。酩酊中の記憶は多くの場合く常にそうだとは限らない〉比較的強度に障害されることがない。重大犯罪では単純酩酊はたんに誘発因子的役割を果たしているにすぎない。実践的理由から単純酩酊には責任能力に対する影響は認められない。
B.異常酩酊 ここではアルコール急性作用と並んで異常な個体的素因が働いている。非常に強くて持続の長い生気的精神興奮と精神の高次機能的「上層」に突発する重篤な障害が出現する。このために人格の激しい震憾が惹起され,礼容を整えることはもはや不可能となり,人格異質的行為がなされる。しかしながら最後の飲酒後遅くとも12時間経れば異常酩酊のこの遷延化された興奮も睡眠様状態へと移行してしまう。
1.複雑〈=量的に異常な〉酩酊:激しい生気的興奮く被刺激的基礎気分〉と,これに遅れて比較的原始的な機能の極端な脱抑制現象を伴う,麻酔に類似した姿で出現する急速に深化する昏蒙とが現われる。このため麻酔と同様の経過が出現する。興奮は「下降性」麻痺の後半段階に至っても,突発性に再燃する。こうして人格異質的行為を悲起する重篤な狂暴的運動発散が出現する。しかしながら,行動には,環界とは意味のある,また第三者には了解可能な関係が保持されており,強い明識困難状態のために遅れることがあっても,入眠するまでには正常な心理連関と状況に対する見当識は多くの場合保持されている。憤怒の放散(八つ当り)に支配された短絡反応傾向が出現する。コンプレックス傾向の抑制からの解放も現われる。時には被害的意味を持つ妄想様着想が出現するが,しかしこれが現実意識を真に動揺させることはない。幻覚というものは存在しない。酩酊時の記憶は概括的であることが大半を占める。酩酊状態の被刺激性の結果,稀ならず重大な情動犯罪がなされる。複雑酩酊状態にある者には限定責任能力が認められるべきである。
2.病的〈=質的に異常な〉酩酊=激しい興奮と同時にくこの点が複雑酩酊とは異なる〉意識障害が出現する。このために症状像全体は全く突発的に出現する。基礎気分は不安である。質的に異常な意識障害が存在し,状況に対する見当識は最初から直ちに根本的に障害される。従って病的酩酊者の全てが責任無能力者である。
a)病的酩酊のもうろう型。正常な心理連関の連続性は新しい狭窄された意識の全体的状態を示すもうろう状態の出現によって中断される。もうろう型酩酊者は周囲を断片的にしか把握せず,これとの関係は著しく障害されており,酩酊者の行動は第三者にとって了解不能であることがしばしばで,空想的で非現実的な性格を帯びたものとなっている。しかし,不安を帯びた興奮はく夢遊病者と比較して〉外面的に表出されることはごく少ないが,表出されれば,重大な狂暴発作が出現することがある。もうろう型酩酊者の精神過程はそれでも夢幻的な,機械的に刻み込まれた連関を示す。精神の高次機能的「上層」の遮断の結果解放されるのが,コンプレックス傾向や対象のない「盲目的」欲動や表出行為そして過剰な発動性によって極端に活性化された全く要素的な運動型である。状況全体を誤認へと導びく馬鹿げた追跡妄想や不安に彩られた散発性の幻覚が出現する。身体的には構音障害と身体の動揺とは欠如し,瞳孔硬直や腱反射の減弱が認められることもしばしばである。不安そして妄想的状況誤認や著しい脱抑制の結果,重大な情動犯罪がなされることが多い。
b)病的酩酊のせん妄型。振戦せん妄の頓挫型である。せん妄性意識障害の全般的な崩壊の傾向のために正常な心理的連関はばらばらにされてしまっている。このため酩酊者の行動は第三者にとって了解不能であるだけでなく,―せいぜい特定の行動の断片が追体験可能であるのがやっとである―,せん妄型酩酊者の精神過程もまたそれ自身内的連関を失っており,解離という飛躍と断裂につら貫かれてしまっている。一過性に突発する関係念慮や移しい量の刺激幻覚(Reizhalluzinationen)〈その多くは影のような動きのない形をしている〉が出現する。行動の断片には運動性不隠が認められ,特に要素性運動様式が作動している。もうろう型酩酊でしばしば認められたような極端な程度にまで不安や迎動発散が到達することはない。犯罪的重要性は少ない。
異なった各型の間に混合ないしは移行例というものが時には出現するとしても,アルコール酩酊状態の以上述べた分類というものは,理論的にも実践的にも現在なお統一のないままに扱われている領域に明確さをもたらすのに貢献するものであるように思われる。
Copyright © 1982, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.