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はじめに
現在ほど精神鑑定が社会から興味を持ってみられた時代はない。何か重大事件が起きるたびに,被疑者/被告人の責任能力が問題にされる。そして,精神鑑定が導入されると,報道機関を通してさまざまな議論がなされる。今や,一般市民においても精神鑑定について無関心ではおれない事態が迫っている。いうまでもなく,裁判員制度の導入である。平成16(2004)年5月21日「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」が成立し,5年以内に裁判員制度が実施されることが決まった。この制度は,連日的開廷による集中審理(それに伴う迅速化)の実現と,直接主義・口頭主義の実質化を推進する力となるものであり,一般市民から選ばれた裁判員は,裁判官とともに,事実の認定,法令の適用(いわゆる法令の当てはめ),刑の量定を行うこととなる。精神鑑定に関しては,公判開始前に鑑定を決定して調査等の作業を実施させ(鑑定手続実施決定),その結果を予定された公判審理の中で報告させることができ,また裁判員にも証人等に対する質問権が認められている4)。すなわち,一般市民である裁判員は,裁判に参加し,被告人が有罪かどうか,有罪の場合どのような刑にするのが妥当であるかを裁判官と一緒に決めることになる。責任能力の有無自体は法律評価であり裁判員の判断外ではあるが,被告人の精神状態に関する事実認定は求められるため,法廷に提出された精神鑑定書や,鑑定医に対する裁判官,検察官,弁護人の尋問を聴取し,時には自ら質問することになる。
果たして,これまでの精神鑑定は一般市民の理解に耐え得る内容だったろうか。また,法廷で繰り広げられる裁判官や検察官,弁護人といった法律家と精神鑑定医との議論は,論点が重なった的を射たものだったろうか。裁判員制度の施行を目前とした現在,こういった点を明らかにし,精神鑑定の方法論や,精神鑑定に何が期待できるのかを議論していかなければ,一般市民の理解の得られる精神鑑定は不可能ではないかと考える。
これまでも,精神医学の中では,精神鑑定をめぐってさまざまな論考がなされてきたし,その積み重ねも膨大である。とはいえ,その多くは精神鑑定そのものに関しての議論であり,その精神鑑定が法廷でどのように扱われ,判決にどのような影響を及ぼしたのか,また採用されなかった場合,何が問題だったのかという司法の領域まで踏み込んだ議論はほとんどなされていない。
以上のような状況に鑑み,今回,我々が携わった酩酊事件に関する精神鑑定(複雑酩酊と鑑定)を題材にし,裁判の中でどのような尋問がなされ,そして判決で精神鑑定がどのように扱われたかを明らかにしたい。さらに,同様の責任能力を問われた事件が過去の裁判でどのように扱われてきたかを検討したい。ただし,匿名性には配慮して省略を施すことで症例記載を行ったことを付言しておきたい。
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