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Ⅰ.はしがき
私が昭和28年に都立松沢病院に赴任して初めて,林院長の助手として手がけた精神鑑定例は,病的酩酊かどうかという点に問題があり,林院長の鑑定を含めて合計4回の鑑定が行なわれ,結局は完全な責任能力を認められて死刑に処せられた注。当時病的酩酊についてあまり知識のなかつた私にとつて,この鑑定はきわめて貴重な経験であつた。病的酩酊の可能性が大きいとした林院長の鑑定結果は採用されなかつたのみならず,4人の鑑定人の鑑定結果にかなりの相違がみられた。その後,少数例ではあるが酩酊犯罪例の精神鑑定に従事する機会にめぐまれたが,私が病的酩酊と鑑定したときにはたいてい,法廷において私は検事や裁判官の激しい追及をうけ,結局は再鑑定にまわされ,再鑑定では病的酩酊が否定されて,被告人は有罪の判決をうけている。
こうしたにがい経験をかさねるにつれ,病的酩酊について文献を詳しく調べてみる機会をもちたいと考えていた。もちろん,精神医学のどんな教科書にも病的酩酊についての記述がある。わが国のこの方面の著書として,三宅鉱一先生の「責任能力」や菊地甚一氏の「酩酊責任論」のごとき立派なものがある。他方,精神神経学会の懇話会やシンポジウムのテーマとしてとりあげられたり,これに関する研究発表もいくつかなされている。しかし,私自身にはまだ納得でき書ないものがあつた。ごく最近ようやく機会をえて,古くからの文献をできるだけあさつてみた。そうしてみると,いままで私が疑問に思つていた多くの事柄がすでに論議されているのを発見し,これまでの不勉強を恥じ,あらためて何かを発表する勇気がなくなつた。しかし,私が読んだ文献を一応整理して発表すれば,それによつて多少とも利益をうけられる方もあるかもしれないと思いなおして,あえて筆をとることにした。
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