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Ⅰ.緒言
覚醒剤中毒における生物学的変化について述べる前に,ここでとりあげるのはその幻覚妄想状態であるという理由,および,同状態に対応した生物学的な変化をとらえるうえで重要となる諸現象について,簡単にとりまとめておきたい。
まず,覚醒剤中毒の幻覚妄想状態を取りあげた第一の理由は,今回の乱用期において同状態が主要な臨床像になっていることによる。われわれの調査74)では,精神病院を受診した時の覚醒剤中毒患者の約90%が幻覚妄想状態にあった。今回の乱用期では,幻覚妄想状態が臨床像の前景をなしているという記載は他にもみられる55,90)。第一次乱用期82)に比べて情動障害が少なく幻覚妄想状態が多い理由の一つは,使用状況の違いによるものであろう。第一次乱用期においては,1cc中メタンフェタミン(methamphetamine:MAP)3mg含有のアンプルを少量から始め,長期間かけて次第に1日最高使用量(30ないし90mg)に増量するという使用状況82)が,多彩な臨床像をもたらせた可能性がある。一方,今回の乱用期では,いきなり初回から大量(約30ないし90mg)を1日量として用いているようであり73,74),このために出現する臨床像が幻覚妄想状態に画一化されたものと考えられる。
第二の理由は,覚醒剤中毒における幻覚妄想状態が分裂病のそれと酷似していることである。多くは明らかな意識混濁を伴うことなく出現し,妄想の主題が現実場面と状況反応的なものが多い20,21,25,55,74)という特徴はあるものの,急性期における横断的な臨床像は,分裂病の同状態と鑑別困難である。すなわち,言語性幻聴,幻視,各種の被害,関係妄想,妄想気分を思わせる周囲意味感,思考伝播,作為体験などからなっており,DSM—Ⅲの分裂病診断基準にある急性期症状の大部分を占めている74)。分裂病とのこうした類似性から,慢性覚醒剤中毒が妄想型分裂病の研究モデルとされ,多数の国際的な研究報告が積み重ねられてきたことは周知のことである。
幻覚妄想状態をとりあげたもう一つの理由は,同状態の臨床経過に逆耐性現象を認めた67,72,73)ことによる。これに類似した現象については次の項で述べるが,逆耐性としてとらえることにより動物でそれを再現することが可能になり,幻覚妄想状態に対応した薬理学的,生化学的あるいは組織学的な変化をとらえることが可能になった70,72)。今回は,本現象を手がかりとする立場から,覚醒剤中毒における幻覚妄想状態の発現と再燃にかかわる生物学的機序を整理してみたい。
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