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「億劫」(おっくう)という語を,それと言わないで,謂わば精神医学用語として導入したのは内村教授還暦記念論文集に献げた「躁鬱病の病態学」(精神経誌,60;11,1958)が最初であったように思うので,かれこれ半世紀近くになる。その頃私どもは躁鬱病,特に鬱病と取り組んでいて,いろんなことが少しづつ分明になりかかっていた頃であり,その前年には「躁鬱病の病態生理学」(臨床病態生理学体系8巻)の発表とL. Klagesの『性格学の基礎』の翻訳出版を見たばかりであったし,他方で円熟期ゲーテの研究にも夢中になっていて,70歳以後のゲーテの作品はもとより,日記,書簡,談話のことごとくにといっていいほどに目を通していた時期でもあった。そこで偶々ゲーテ74歳の1823年11月6日の晩から初まって約1カ月続いた鬱病に遭遇したので,これら三者合流を見たのが前記論文であった。
さて,同月23日付Kanzler v Müllerのゲーテ訪問記にゲーテの談話が以下のようにあった。「今度の病気は少しもよくなっていない。病気以来相当に永くなるが,まだベットで眠れない。この病気は何とも言いようのない禍だ(ein absolutes Übel),何という様だ!何という苦患だ!(welch ein Qual!),朝も晩もない(ohne Morgen und Abend),億劫で(ohne Tätigkeit),いい考えが浮ばない(ohne klare ldeen!)…」と。この文中のohne Tätigkeitを「億劫」としたわけであったが,それはEckermannの手記(同月16日)に「ゲーテは『今から冬を過すんだ,この分だと何もできないし(Ich kann nichts tun),何もまとまらないし(Ich kann nichts zusammenbringen),全く気力がない(Der Geist hat keine Kraft)』と言った」とあるのと照合してのことであった。
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