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I.はじめに
Chlordiazepoxideの登場(1960)を契機に,不安や神経症の治療薬としてのbenzodiazepine誘導体の役割は際立って大きなものになった。この薬剤に対する一般の高い評価は,従来からの鎮静薬barbituratesとの比較で明らかなように,①不安に対する治療効果により優れている,②通常の用量では意識レベルへの影響がより少ない,③過量服薬による致死の危険性がかなり低い,④薬物依存の頻度がより低い,⑤肝ミクロソームの薬物代謝酵素系にほとんど作用しないので併用薬の代謝に影響を与えない,などの治療効果と安全性の両面にまたがる利点に基づくものであろう。
抗不安薬の治療対象はきわめて多数かつ広範囲にわたるので,benzodiazepine誘導体の利用は急速な勢いで広まっている。すでに1972年の時点で,diazepamとchlordiazepoxideがアメリカ合衆国において処方頻度第1位,第3位の薬剤となり,この2剤を合わせた7,000万を越える年間処方数は全向精神薬のそれの約半数を占め,金額にして2億ドル以上に相当するという実態が報告されているが1),この傾向はヨーロッパ先進工業国にも共通したものであるらしい2)。日本の事情については正確な資料をもたないが,benzodiazepine系抗不安薬の処方頻度は,アメリカ合衆国ほどではないにしても,やはりあらゆる医薬品のうちでかなり上位にランクされるものの1つと考えて間違いないと思われる。
抗不安薬の使用状況でさらに注目すべき点は,その臨床各科へのめざましい普及であり,精神科よりも他科領域で投薬を受ける患者の数が急増していることであろう3)。著者の勤務する北里大学病院の実態をみても(表1),benzodiazepine系抗不安薬はほとんどあらゆる臨床科で処方されており,他科の処方枚数は精神科のそれをすでに凌駕している(薬剤選択は各科により差があるが,とくに内科領域ではmg力価の弱い薬剤が繁用されている)。
以上のような抗不安薬治療の隆盛は,適用に関するさまざまな新しい問題を生起しつつあるかにみえる。天文学的数字の処方枚数のうちで,適応が吟味され,適切な医学管理のもとで処方されるのはどれほどであろうか。適応患者が広範囲になると,恩恵に浴す患者が増加するのはよいが,使用上の注意にも常に無関心でいられなくなる。また,精神科医にとっては,薬剤中心の神経症治療の功罪についてもさまざまな角度から再検討する特機にきていると思われる。
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